杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
雪の降りしきる岩内の小さな一軒家、佐藤家の居間は、いつもより慌ただしかった。
クーラーボックスが開け放たれ、冷気が立ち上る中、老竜の肉が五十キロ近く、鮮やかな赤身を晒している。
その横にはダンジョンサーモンの巨大な切り身、ダンジョンボアの塊肉、あばれうしどりの霜降り、軍隊ガニの甲羅割り……。
どれもが、市場では滅多に見かけない逸品ばかりだ。
美恵子はクーラーボックスの蓋を閉め、ため息をついた。
「こんなにたくさん……どうしましょう」
健一は肉の塊を眺めながら、ゆっくりと言った。
「トオルなら……きっと『みんなで食べよう』って言うだろうな」
あかりが頷き、妹のみゆきの頭を撫でながら笑った。
「うん。お兄ちゃん、いつも『みんなが喜ぶように』って言ってるもんね。
祖父母にも持って行こうよ。
それに、お父さんの漁師仲間さんたちにも……家族みんなで食べたら、トオルも喜ぶよね」
みゆきが目を輝かせて手を叩いた。
「おじいちゃんとおばあちゃんにも! お正月みたいに、みんなでご飯食べよう!」
美恵子は少し考え、すぐに決めた。
「そうね。
まずは電話して、祖父母と漁師仲間さんたちを呼ぼう。
みんなで分けて食べれば、こんなにたくさんでも無駄にならないわ」
健一が立ち上がり、電話機に手を伸ばした。
「よし。
俺が漁師仲間たちに連絡する。
『トオルがくれた肉だ、みんなで食おう』ってな」
あかりがキッチンに向かいながら言った。
「あ、それとお酒や飲み物も用意しないとね。
ビール、日本酒、ジュース……子どもたちもいるし」
みゆきが飛び跳ねて、
「ケーキも! クリスマスケーキ!」
美恵子が笑って頷いた。
「そうね。
トオルがいたら、きっと『みんなでケーキも食べよう』って言うわ」
健一は電話をかけ始めた。
「もしもし、田中さんか?
ああ、健一だ。
トオルがまたすごい肉を送ってきてな……老竜の肉だってよ。
五十キロもある。
うちでみんなで食おうと思うんだが、来れるか?
家族も連れてきてくれ」
電話の向こうから、驚きの声が漏れ聞こえる。
「ああ、もちろんだ! 今すぐ行く!
トオルの肉か……そりゃあ、断れねえな!」
あかりは祖父母に電話をかけ、美恵子は近所の店に走って買い出しに出かけた。
みゆきはぬいぐるみを抱きながら、キッチンで手伝おうと張り切っている。
健一は電話を切り、家族を見回した。
「みんな、来てくれるって。
トオルが喜ぶだろうな……」
美恵子が戻ってきて、袋を置いた。
「ビール、日本酒、ジュース、ケーキ……これで大丈夫かしら」
あかりが笑って言った。
「うん。
トオルなら『みんなで食べると美味しいね』って言うよ」
みゆきがぬいぐるみを高く掲げて叫んだ。
「お兄ちゃん、ありがとう!
みんなで食べるよ!」
家族は笑い合いながら、準備を始めた。
老竜の肉を切り分け、サーモンを焼き、ボアを煮込み、あばれうしどりをステーキに……。
キッチンはすぐに香ばしい匂いで満ちた。
美恵子は鍋をかき混ぜながら、静かに呟いた。
「トオル……早く帰ってきてね。
みんなで、待ってるから」
健一が肩を並べ、優しく言った。
「ああ。
いつか、みんなで一緒に食べよう」
雪の降る岩内の小さな家は、トオルの贈り物に包まれ、温かな灯りを灯していた。
遠く基地では、トオルが食堂の窓から雪を見上げ、ぽつりと呟いた。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、みゆき……クリスマス、楽しんでるかな」
杖くんが耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……きっと、みんな笑顔で食べてるわ。
あなたの優しさが、ちゃんと届いてるのよ』
家族の笑い声と、少年の祈りが、雪の夜を優しく繋いでいた。
人類史上最大の魔法使いは、七歳の心で、遠く離れた家族に、静かにクリスマスの温もりを届け続けていた。
霧の港町は、雪と家族の絆に包まれながら、静かに輝き続けていた。