杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
佐藤家は雪に覆われた小さな港町の家で、異様な賑わいに包まれていた。
居間は普段の三倍近い人数で埋まっていた。祖父母、父の漁師仲間とその家族たち、近所の顔見知りまでが集まり、ちゃぶ台を何枚も繋げて大宴会。中央には老竜の肉が山盛り、ダンジョンサーモンの刺身、ダンジョンボアの煮込み、あばれうしどりのステーキ、軍隊ガニの甲羅割り……どれもが湯気を立て、部屋中に途方もない香りを漂わせている。
最初に一口食べた瞬間、居間が静まり返った。
誰も言葉を発しない。
箸が止まり、目を見開いたまま固まる者、ゆっくりと咀嚼しながら涙を浮かべる者……。
最初に口を開いたのは、祖母だった。
普段は「最近は肉が重くてねぇ」と控えめにしか食べない彼女が、老竜の薄切りを口に運び、ゆっくりと噛んでから、震える声で言った。
「……こんな、美味しいお肉……生まれて初めてだよ」
祖父もまた、軍隊ガニの身を箸でつまみ、目を閉じて味わう。
「うまい……。こんな味、知らなかった。トオルが採ってきたのか……」
父の漁師仲間の一人、田中さんがビールをぐいっと飲み干し、目を潤ませながら言った。
「クリスマスにこんな美味いもんが食えるなんて……思わなかったよ、健一。
俺ら漁師はいつも魚ばっかりだけど、これは……魚も肉も超えてる。
トオル、ありがとうな」
健一は酒を注ぎながら、静かに頷いた。
「ああ……あいつ、きっと『みんなで食べると美味しいね』って言うだろうな」
みゆきはぬいぐるみを抱きながら、ダンジョンサーモンの刺身を頰張り、目を輝かせた。
「おいしー! お兄ちゃんの魚、すっごく甘い!」
あかりはあばれうしどりのステーキを切り分け、祖父母に取り分ける。
「おじいちゃん、おばあちゃんも食べて。
トオルが頑張って採ってきたんだから」
大人たちはお酒を、子供たちはジュースを手に、トオルの話を始めた。
漁師仲間の子供が、肉を頰張りながら言った。
「お兄ちゃん、基地で毎日こんな美味しいもん食べてるのかな?」
別の子が頷く。
「きっとそうだよ。
新聞に載ってたもん。トオルお兄ちゃんが採ってきた食材、基地の市場で高値で売れてるって」
健一が静かに言った。
「そうだな。
あいつの肉や魚が、町を変えた。
昔は静かな港町だったのに、今じゃレストランがいっぱいできて、外国の人もたくさん来る」
田中さんがビールを飲み干し、感慨深げに言った。
「一度でいいから、基地近くのレストランで食べてみたいよな。
トオルが採ってきた食材を、その場で調理したやつを……」
一同が頷く。
「そうだな」「いつか、みんなでな」
肉は大量にあった。
老竜の五十キロは、切り分けて全員が満足する量を食べても、まだまだ残る。
結局、みんなで持ち帰れるように分け合った。
ラップに包み、クーラーボックスに詰め、漁師仲間たちは「家族にも食わせてやるよ」と笑顔で帰っていった。
祖父母は、老竜の肉を小さな包みに分けてもらいながら、美恵子に言った。
「トオルに……ありがとうって伝えておくれ。
こんな美味しいお正月、久しぶりだよ」
美恵子は涙を拭い、頷いた。
「はい……必ず」
雪の降る夜、佐藤家は静かになった。
残った食材を冷蔵庫にしまい、家族はちゃぶ台を囲んで座る。
健一が、老竜の肉を指さしながら言った。
「トオル……来年は、絶対に一緒に食べよう」
美恵子が頷き、
「うん。
お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、みゆきも……みんなで」
みゆきがぬいぐるみを抱きしめ、
「お兄ちゃん、早く帰ってきてね」
あかりが静かに、
「トオル……おかえりって、待ってるよ」
家族の祈りは、雪に乗って、遠く基地のトオルへ届く。
食堂で、トオルはみんなと一緒に食事を終え、窓から雪を見上げていた。
「お父さん、お母さん、お姉ちゃん、みゆき……クリスマス、楽しんでくれたかな」
杖くんが耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……きっと、みんな笑顔で食べてるわ。
あなたの贈り物が、家族の心を温かくしてるのよ』
雪の降る岩内は、トオルの優しさと、家族の絆に包まれながら、静かに輝き続けていた。
人類史上最大の魔法使いは、七歳の心で、遠く離れた家族に、静かにクリスマスの温もりを届け続けていた。