杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
北海道の岩内――かつてはただの小さな漁港町だった場所は、今や世界の若き料理人たちの「新天地」として、熱狂的な視線を集めていた。
伝統あるフランスの三ツ星レストランで修業を積んだ二十代前半のシェフ。イタリアの老舗トラットリアで腕を磨いたが、まだ「若すぎる」と店を持てずにいた若者。スペインの分子ガストロノミーの新鋭たち。アメリカのフュージョン料理を志す野心家たち。彼らは口を揃えて言う。
「年が若いから店を出せない。伝統と格式が邪魔をする」
だが、岩内にはそんな壁がなかった。日本では、たとえ二十歳そこそこであっても、実力があれば店を構えられる。マフィアが食材の仕入れ先を牛耳り、伝統のしがらみが絡みつくイタリアやフランスとは違う。批判の声はあれど、決して致命傷にはならない。
そして何より、ここには「ダンジョン産の食材」という、誰もが喉から手が出るほどの宝庫があった。
新しく建った小さなレストラン街――基地から徒歩圏内の、海沿いの道に並ぶ白い壁の店々。看板はまだ手書きが多く、店名はシンプルだ。「Auberge du Donjon」「岩内サーモン亭」「Ushidori Grill」。厨房は狭いが、換気扇の音と包丁の響きが絶えない。
ある朝、二十三歳のフランス人シェフ、ジャン=ピエール・ルクレールが、基地の食材受付に並んでいた。手にはフランス語で書かれた推薦状と、わずかな貯金。抽選で当たったダンジョンサーモンの一尾を前に、目を輝かせる。
「これで……ようやく自分の料理ができる」
隣に立つイタリア人の若き女性シェフ、マリア・ロッシは、ダンジョンボアの塊肉を抱えて頷く。
「ここなら、誰にも邪魔されないわ。伝統? 格式? そんなものより、味がすべてよ」
岩内の空気は、そうだった。伝統と格式は確かに重要だ。だが、この町ではそれほど意識されない。客が求めるのはただ一つ。「美味しいか、美味しくないか」だけ。
実力さえあればいい。二十歳そこそこの若造が、三ツ星シェフの料理を凌駕する皿を出せば、客は素直に拍手する。批評家が「若すぎる」「経験不足」と苦言を呈しても、ダンジョン産の食材を前にしては声が小さくなる。あばれうしどりの霜降りを一口味わえば、どんな大物料理人も黙るしかない。
基地の食堂で、トオルはその話を聞いた。新聞の社会面に「岩内、若きシェフたちの聖地」と書かれ、写真には新しいレストランの行列が載っている。
「僕の食材で……みんなが店を出せてるんだ」
トオルは杖くんを膝に置き、ぽつりと呟いた。
杖くん――レディ・アヴァロンは、銀髪を優しく揺らし、いたずらっぽく微笑む。
『トオルちゃんの優しさが、世界を変えてるのよ。若いシェフたちが夢を叶えられる場所を作った。伝統に縛られず、実力だけで勝負できる……それって、すごく素敵じゃない?』
煉獄杏寿郎が、隣のテーブルで大口を開けて笑う。
「うむ! 町が活気づいている! 若い料理人たちが次々と来て、俺たちの食堂も負けていられんぞ! トオル、もっと食材を頼む!」
胡蝶しのぶが優雅に微笑み、
「ふふ、岩内が『食の新天地』だなんて。トオルくんのおかげですわね」
胡蝶カナエが穏やかに頷き、
「あらあら、若い人たちが夢を追いかけてくるなんて、素敵ね。トオルくんも、誇っていいわよ」
竈門炭治郎は静かに新聞を畳み、
「僕の家族も、いつかここに来てみたいって言ってるよ。トオルくんの食材で作られた料理を、食べてみたいって」
トオルは少し照れくさそうに笑った。
「僕、もっと採ってくるよ。みんなが、夢を叶えられるように……」
外では、霧の向こうに新しいレストランの明かりが灯り、若きシェフたちの包丁の音が響く。港の工事は進み、大型船が次々と停泊する。岩内は、もうただの港町ではない。
ダンジョン産の食材の宝庫。新天地。
七歳の少年が、優しさで開いた扉だった。
人類史上最大の魔法使いの物語は、厨房の熱気と、若き夢の香りの中で、さらに広がっていく。