杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
北海道岩内自衛隊基地は、いつもより静かに、しかし深い緊張と敬意に包まれていた。
その日、昭和天皇は、極めて簡素な車列で基地に到着した。
護衛車両は最小限。
天皇の意向により、特別な式典も、軍楽隊の演奏も、一切なかった。
ただ一言、「トオル君の邪魔をしないこと」が、宮内庁から厳しく伝えられていた。
天皇は、車から降りると、ゆっくりと基地内を歩いた。
白いシャツにグレーのスラックスという、ごく普通の服装。
九十歳近い御歳でありながら、その背筋はまだまっすぐで、穏やかな眼差しには、長い治世で培われた静かな威厳があった。
トオルは、基地の中央広場で待っていた。
九歳になった少年は、いつものように杖くんを抱き、緊張した面持ちで立っている。
周囲には、煉獄杏寿郎、胡蝶姉妹、新城直衛、そして十二天将の少女たちが静かに控えていたが、誰も声を上げず、ただ見守るだけだった。
天皇はトオルの前まで来ると、ゆっくりと腰をかがめ、少年と目線を合わせた。
「トオル君……よく、頑張っておるな」
その声は、老いてはいたが、優しく、温かかった。
トオルは慌てて頭を下げた。
「は、はい……陛下……」
天皇は、静かに微笑んだ。
「私は、君のことをずっと心配しておった。
まだ九歳の子どもが、毎日、恐ろしい深淵に潜っていると聞く。
自衛隊の者たちも、君のことを『日本の希望』と呼んでおる。
しかし、希望である前に、君は一人の子どもだ。
無理をしておらぬか?」
トオルは、杖くんをぎゅっと抱きしめながら、小さく首を振った。
「大丈夫です……
みんなを守りたいから、がんばってるだけです。
僕、魔法が使えるから……みんなの役に立ちたいんです」
天皇は、トオルの頭にそっと手を置いた。
その手は、わずかに震えていたが、温かかった。
「そうか……
君の優しさが、日本を、ひいてはこの世界を守っているのだな。
私は、ただ……君が、無事でいてほしいと願うばかりだ。
無理をせぬよう……少しでも、心を休める時間を取るように」
トオルは、目頭が熱くなるのを感じた。
九歳の少年は、声を詰まらせながら言った。
「ありがとうございます……陛下。
僕、もっとがんばります。
みんなが、笑顔でいられるように……」
天皇は、ゆっくりと立ち上がり、トオルを見つめた。
その瞳には、深い慈しみと、静かな祈りが宿っていた。
「君の笑顔が、日本を守る一番の力だ。
私は、毎日、君の無事を祈っておる。
どうか……体を、大切にな」
そう言い残し、天皇は静かに車に戻った。
式典も挨拶もなかった。
ただ、トオルと短い言葉を交わし、少年の労をねぎらうためだけに、遠い東京から北海道まで足を運んだ。
天皇の車列が去った後、トオルはしばらくその場に立ち尽くしていた。
やがて、涙が一筋、頰を伝った。
「陛下……僕、もっとがんばるよ……」
杖くんが、優しくトオルの頭を抱き寄せた。
『トオルちゃん……天皇陛下の想い、ちゃんと届いたわね。
あなたは、もう一人じゃない。
日本中の人が、あなたのことを想ってる』
煉獄杏寿郎が、静かに近づき、大きな手でトオルの肩を叩いた。
「うむ……陛下のお言葉、胸に刻め。
お前は、日本の宝だ」
胡蝶しのぶが、優しく微笑みながら、
「ふふ……トオルくん、泣かないの。
陛下も、きっと喜んでくださったわ」
胡蝶カナエが、穏やかに頭を撫でた。
「あらあら……今日は、ゆっくり休みましょうね」
トオルは、みんなの温かさに包まれながら、静かに頷いた。
「うん……僕、みんなと一緒に、がんばるよ」
基地の外では、夏の風が優しく吹いていた。
ガンダムとザクが丘の上に立ち、犬型ゴーレムたちが山を守り、エルフの戦士たちが訓練を続ける。
昭和天皇の慰問は、誰にも知られることなく、しかし確かにトオルの心に、深い温もりを残した。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、日本の最も高い祈りを、静かに胸に刻み続けていた。
霧の港町は、少年の光と、天皇の優しさに包まれながら、輝き続けていた。