杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
岩内自衛隊基地の奥深くにある、トオルの専用実験室は、いつもとは違う神聖な静けさに満ちていた。
柔らかな月光が天窓から差し込み、床に描かれた魔法陣が淡い銀色の輝きを放っている。
トオルは九歳の小さな体で中央に立ち、杖くんを両手で抱きしめていた。
周囲には、四大精霊――サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノーム――が静かに浮かび、さらに光の精霊、闇の精霊、雷の精霊、雪の精霊、森の精霊……ありとあらゆる精霊たちが、トオルの周りを円を描くように取り囲んでいた。
その輪の外側に、二人の存在が現れた。
妖精王オベロン。
金色の長い髪を後ろで束ね、緑と金の豪奢な衣をまとい、背には蝶のような透明な翼を持つ美丈夫。
その瞳は深く、しかしどこか気品ある微笑みを湛えている。
妖精女王ティターニア。
銀色の髪を優雅に流し、月光のような白と青のドレスを纏い、気高く美しい女性。
彼女の表情は穏やかで、しかしその奥には古い森の叡智が宿っていた。
二人は同時に、トオルの前に片膝をついた。
オベロンが、深く、荘厳な声で言った。
「偉大な魔法使い、佐藤トオルよ。
我ら妖精の王オベロンは、ここに誓う。
天が落ちて我らを打ち砕き、
地の裂けて蒼海が我らを飲み込まぬ限り、
貴殿を主となし、命を奉じ、
剣となり盾となりて共に戦わん」
ティターニアが、優しく、しかし力強い声で続けた。
「妖精の女王ティターニアもまた、ここに誓う。
天が落ちて我らを打ち砕き、
地の裂けて蒼海が我らを飲み込まぬ限り、
貴殿を主となし、命を奉じ、
剣となり盾となりて共に戦わん」
二人は同時に深く頭を垂れ、額を床に近づけた。
その瞬間、部屋全体が淡い金と銀の光に包まれた。
妖精の古い魔力が、トオルの魔力と静かに共鳴し合う。
オベロンの後ろには、妖精の守護者たるスプリガンたちが重厚な鎧をまとい、
ピクシーたちが小さな光の粒となって飛び、
ティンカーベルが鈴のような羽を震わせながら、静かに跪いていた。
数百の妖精たちが、一斉に頭を垂れた。
トオルは、驚きと畏敬の入り混じった表情で二人を見つめていた。
九歳の少年の瞳に、初めて見る神聖な儀式の重みが映っていた。
杖くんが、トオルの肩に優しく手を置き、静かに言った。
『旧い……とても旧い妖精の誓約ね。
私のいた時代でさえ、ほとんど見られなかった誓約よ。
トオル。貴方は、妖精の王と女王に認められた存在になったの。
とても……光栄なことよ?』
トオルは、ゆっくりと息を吐き、二人に向かって頭を下げた。
「オベロンさん、ティターニアさん……
僕、トオルだよ。
よろしくね。
一緒に、みんなを守ろう」
オベロンが顔を上げ、穏やかな笑みを浮かべた。
「我が主よ……その言葉だけで十分だ」
ティターニアも、優しく微笑みながら言った。
「あなたの純粋な心が、私たちをここへ導いたのです。
どうか、これからも……我らをお使いください」
部屋全体に、妖精たちの淡い光が舞い上がった。
四大精霊が優しく輝き、光と闇、雷と雪の精霊たちが、トオルの周囲で静かに回転する。
スプリガンたちは重々しく、ピクシーたちは嬉しそうに、ティンカーベルは鈴の音を響かせながら、皆がトオルに忠誠を捧げていた。
トオルは、胸がいっぱいになって、杖くんをぎゅっと抱きしめた。
「みんな……ありがとう。
僕、がんばるよ。
みんなと一緒に……」
杖くんが、トオルの耳元で優しく、しかし誇らしげに囁いた。
『トオルちゃん……あなたは、もう妖精の王と女王に認められた、特別な魔法使いよ。
これで、また新しい力が、あなたの味方になったわ』
儀式の光は、ゆっくりと収まっていった。
しかし、トオルの周囲に集う精霊と妖精たちの数は、以前より明らかに増えていた。
九歳の少年は、静かに、しかし確かに、世界の古い力と新しい絆を、胸に刻み続けていた。
人類史上最大の魔法使いは、妖精の誓約を受け入れ、深淵への道を、さらに強く歩み始めていた。
霧の港町は、少年の光と、妖精たちの古い輝きに包まれながら、静かに輝き続けていた。