杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
高天原の玉座の間は、雲海に浮かぶ神聖な光に満ちていた。
天照大御神は、黄金の玉座に腰掛け、静かに目を細めていた。
彼女の姿は、凛とした美しさの中に、どこか気高くも優しい威厳を湛えている。
銀色の髪が月光のように流れ、紅の衣が神々しく輝く。
その隣には、三貴子の月読命が穏やかな表情で立ち、建速須佐之男命が腕を組み、豪快な笑みを浮かべていた。
天目一箇神が、鍛冶の神らしい頑丈な体躯で、深く頭を下げた。
「天照大御神よ……どうか、お聞き届けください。
極東の少年、トオルに、妖精王オベロンと妖精女王ティターニアが推挙したドワーフたちが訪れたと聞きました。
彼らはミスリルとオリハルコンを鍛え、トオルに剣を贈ろうとしております。
私も……行きたいのです。
鍛冶の神として、あの子の力になりたい。
ダンジョンという、神々をも凌駕する深淵の脅威に、一人で立ち向かう九歳の子供に、何か手助けをしたいのです」
天照大御神は、静かに息を吐いた。
「天目一箇神……天界の掟を、忘れたわけではあるまい。
人間界への直接干渉は、許されぬ」
天目一箇神は、拳を握りしめ、熱を込めて続けた。
「それは理解しております。
しかし、今の人間界はダンジョンという脅威に晒されております。
あそこは、神々をも凌駕する存在の巣窟。
深淵で一人戦う――しかも、本来なら守られるべき子供に、何もせずにいるのは……耐えられません。
これは私個人だけではなく、ギリシャ神話のヘパイストスも同じ意見です。
せめて何か、送りたいのです。
許可を……いただけませんか?」
その場にいた月読命が、穏やかだが諭すような声で言った。
「天目一箇神……あなたの心は尊い。
しかし、掟は掟です。
トオルという子は、確かに特別ですが、神々が直接手を出すことで、均衡が崩れる恐れもあります。
どうか、冷静に……」
建速須佐之男命は、豪快に笑いながら腕を組んだまま、姉である天照大御神を見据えた。
「ははっ! 月読の言うこともわかるが、俺は天目一箇神に賛成だぜ。
神として、何かしら協力するべきだろう。
いっそのこと、俺が降臨してやってもいいんじゃないか?
あのガキ、九歳で深淵を一人で切り開いてるんだぞ。
神話の時代より、よっぽど面白いじゃねえか!」
天照大御神は、弟の言葉に軽く眉を寄せたが、静かに聞き続けた。
須佐之男は、さらに声を弾ませて続けた。
「姉上、言い忘れてた事があった。
あの子供――トオルは何やら数奇な運命に守られているらしい。
近々、異世界から何かしらが来るとか。
ギリシャの運命の女神や、北欧のノルン三女神がそう未来視をしたらしい。
善なのか悪なのかまでは見れなかったが……ふはは!
神話の時代より神秘に溢れているな!」
天目一箇神は、須佐之男の言葉に目を輝かせた。
「それならばなおさら……!
私も、何か形あるものを送りたいのです。
鍛冶の神として、トオルに相応しい武器や防具を……」
天照大御神は、玉座でゆっくりと目を閉じ、長い沈黙の後、静かに言った。
「皆の想いは、よくわかった。
しかし、掟は掟。
直接の干渉は許されぬ。
ただ……トオルという子が、妖精やドワーフに認められたということは、すでに神々の意志が働いているのかもしれぬ。
天目一箇神、貴殿の想いを、形あるものとして託すことは、検討しよう」
須佐之男が、豪快に笑った。
「ははっ! 姉上、さすがだ!
俺も何か、面白いものを送ってやりてえぜ!」
月読命は、静かに微笑みながら天目一箇神を諭した。
「天目一箇神……焦らず、陛下のお言葉を待ちましょう。
トオルという子は、すでに多くの者を惹きつけています。
私たちも、遠くから見守るのが、今は最善かもしれません」
天目一箇神は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます……天照大御神。
どうか、よろしくお願いいたします」
玉座の間は、静かな神々の想いに満ちていた。
天照大御神は、遠く岩内の少年を想い、静かに祈りを捧げた。
岩内では、トオルが知らぬ間に、神々の視線を一身に浴びていた。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、神話の時代と現代の狭間を、静かに歩み続けていた。
霧の港町は、少年の光と、古き神々の祈りに包まれながら、輝き続けていた。