杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~   作:redhot

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杖くんと神々の想い

高天原の鍛冶の間は、赤々と燃える炉の炎と、鉄槌の重い響きに満たされていた。

天目一箇神は、鍛冶の神らしい頑丈な体躯を前かがみにし、一切の雑念を振り払って槌を振るっていた。

額に汗が浮かび、髭が揺れる。

その瞳には、ただ一つの想いだけが宿っていた。

「トオルよ……お前はまだ九歳。

深淵で一人戦う子供に、武具はすでに杖くんがあり、ドワーフたちが剣を鍛えている。

ならば、せめて心を守れるものを……」

彼は自身の持つ鍛冶の技術の粋を、すべて注ぎ込んでいた。

無病息災を祈り、子孫繁栄を願い、そして何より――トオルが幸せに暮らせるように、という想いを込めて。

鉄槌が一打ごとに、淡い神気が刀身に宿っていく。

それは単なる武具ではなく、守護の護符であり、祈りの結晶だった。

天目一箇神は、息も荒く、しかし一心不乱に打ち続けた。

その姿を、建速須佐之男命が腕を組んで見つめていた。

豪快な笑みを浮かべながらも、その目には珍しく感心の色が浮かんでいる。

「ほう……天目一箇神め、随分と本気だな。

あそこまで一心不乱に鍛える姿は、久しぶりに見たぜ。

あのガキ、トオルはよほど特別らしい」

須佐之男は、髭を撫でながら独り言のように続けた。

「ふむ……俺も何かしてやりてえな。

自分の神社の巫女を一人、トオルに派遣してやるのもいいか。

いや、もっと大胆に、俺の子孫の誰かを嫁がせるというのはどうだ?

今の時代なら、血もだいぶ薄まっているはずだ。

それに、海に沈んでいる草薙の剣の場所を教えてやるのも悪くない。

トオルが所有者なら、誰からも文句は出まい。

出たとしても、俺の物を与えるのだ。

文句は言わせん!」

須佐之男は、豪快に笑いながらそう言い放った。

その言葉を聞いた天照大御神と月読命は、同時に頭を抱えた。

天照大御神は、優雅な銀髪を揺らし、ため息をついた。

「須佐之男……あなたはまた、そんなことを……

神界の掟を破るつもりですか?」

月読命も、穏やかだがきっぱりとした声で諭した。

「弟よ。

あなたの気持ちはわかるが、直接干渉は許されません。

巫女を派遣するのも、子孫を嫁がせるのも、草薙の剣を渡すのも……すべて掟違反です。

どうか、冷静に……」

須佐之男は、姉と兄の反応を見て、さらに大笑いした。

「はははっ! 姉上、兄上、相変わらず堅いな!

あのガキは神話の時代より神秘に溢れているんだぞ!

俺が少し手助けしたって、バチは当たらんだろう!」

天目一箇神は、そんな会話など耳に入っていない様子で、ただひたすら槌を打ち続けていた。

一打、また一打。

そのたびに、神気が刀身に深く刻み込まれていく。

「トオルよ……お前が笑顔でいられるように……

無病息災で、幸せに……」

鉄槌の音だけが、静かに、高天原に響き渡っていた。

天照大御神は、弟の暴走を諫めながらも、遠く岩内の少年を想い、静かに目を閉じた。

「トオル君……どうか、無事で……」

高天原では、神々の想いが交錯し、

岩内では、トオルが知らぬ間に、古き神々の祈りに包まれようとしていた。

人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、神話の時代と現代の狭間を、静かに歩み続けていた。

霧の港町は、少年の光と、神々の遠い想いに包まれながら、輝き続けていた。

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