杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
岩内自衛隊基地のトオルの部屋は、静かで穏やかだった。
九歳の少年はベッドに横になり、杖くんを胸に抱いて眠っている。
窓の外では、静かに雪が降り始めていた。
しかし、その穏やかな夜の奥底で、遥か遠い「可能性」の境界が震えていた。
全ての並行同位体の地球で、ダンジョンは発生した。
そして、ほぼ全ての地球は既に滅びていた。
ある世界では、トオルは150階に落ちた衝撃で即死した。
ある世界では、杖くんと出会えたものの、長い封印で力を失っていた杖くんは何もできず、少年はモンスターの群れに引き裂かれた。
ある世界では、トオルはダンジョンに落ちることすらなく、地上で起きたスタンピードに巻き込まれて命を落とした。
また別の世界では、魔法の才能がほとんどなく、火球一発が限界だったトオルが、家族を守るために無謀な戦いをして散った。
どの世界のトオルも、今ここにいるトオルほど才能に恵まれていなかった。
杖くんもまた、封印の影響で話すことすらできず、ただ少年の傍らで無力に泣くしかなかった。
ある世界では、わずかな意志と力しか残っていなかった杖くん(レディ・アヴァロン)が、トオルと共に最後の自爆魔法を放ち、スタンピードの第一波を壊滅させた。
しかし、第二波が全てを飲み込み、世界は終わった。
本来であれば、魂は冥界へと導かれ、審判を受けるはずだった。
だが、全ての滅びた地球のトオルの魂は、一つの場所へと引き寄せられていた。
それは、今、トオルが生きているこの地球。
あらゆる可能性の塊となった魂の集合体。
幾千、幾万、幾億、幾兆もの「トオル」の魂が、一つの光となって融合した。
その光は、静かに、しかし確実に、この世界のトオルへと注がれた。
「世界を守ってほしい……」
「みんなを守ってほしい……」
「もう、誰も失いたくない……」
そんな、幾つもの世界のトオルたちの最後の願いが、魂の集合体となって、このトオルに宿った。
一方、滅びた世界のレディ・アヴァロンたちは、女性の姿で、愛しいトオルの遺骸の前に跪いていた。
血の涙を流し、狂気的な笑みを浮かべながら、慟哭を上げていた。
「助けたかった……守りたかった……!
でも、何もできずに……死なせてしまった……!」
一人のレディ・アヴァロンが、血まみれの頰をトオルの冷たい遺骸に寄せ、震える唇で口づけをした。
「もう二度と……失わない。
私の愛しいトオルを、苦しめた全てを……必ず、必ず復讐してやる……」
彼女たちは、滅びた世界から最後の力をかき集め、この世界の杖くんへと注いだ。
今度こそ、トオルを守るために。
そして、こんな運命を愛しい少年にもたらした「何か」への、底知れぬ怒りを胸に。
岩内の夜、トオルは無意識のうちに胸の奥で何かを感じ、
小さく身じろぎをした。
杖くんは、トオルの寝顔を見つめながら、銀髪を優しく揺らした。
彼女の瞳の奥には、幾つもの世界の慟哭と、決して消えない決意が静かに燃えていた。
『トオルちゃん……
あなたは、もう一人じゃないわ。
幾つもの世界の想いが、あなたの中にいる。
私は……今度こそ、絶対にあなたを守る』
九歳の少年は、穏やかな寝息を立てながら、
無数の世界の魂と、愛しい杖くんの想いに包まれていた。
人類史上最大の魔法使いは、幾千の世界の叫びを宿し、
静かに、しかし確かに、運命の先へ歩み始めていた。
霧の港町は、少年の光と、滅びた世界たちの祈りに包まれながら、静かに輝き続けていた。