杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~   作:redhot

148 / 241
杖くんと死の星と謎の笑い声

秋の深まりとともに、岩内は穏やかな雪の予感に包まれていた。

しかし、その静けさとは裏腹に、無数の並行同位体の地球では、すでに全てが終わっていた。

ダンジョンが発生した全ての地球で、怪物たちは暴れ狂い、文明を食い尽くした。

やがて、ダンジョンそのものが忽然と消滅した。

残されたのは、死の星だけだった。

空は灰色に淀み、太陽の光すら届かない。

大地はひび割れ、植物の一片も残っていない。

海は毒に染まり、微生物さえ死滅し、生命の痕跡は完全に消え去っていた。

風が吹けば、ただ乾いた塵が舞うだけ。

かつて賑わっていた都市は、骨と瓦礫の墓標となり、静寂が永遠に支配していた。

そんな死の星の一つで、神々が集まっていた。

崩れ落ちた神殿の残骸に、疲れ果てた神々が座り、声を交わす。

「もう……何も残っていない。

我々が守るべき世界は、灰になった」

一柱の神が、力なく呟いた。

「ダンジョンが消えた瞬間、全ての生命が同時に絶えた。

なぜだ……なぜ、こんなことが……」

別の神が、震える声で答えた。

「我々には、もう為す術がない。

冥界の門は開き続け、魂の奔流が止まらない。

審判すら追いつかぬ……」

冥界では、混乱が頂点に達していた。

膨大な数の死者が、果てしない行列を作り、裁判を待っていた。

魂の数が多すぎて、冥界を司る神々は昼夜を問わず裁きに追われ、疲弊しきっていた。

天国は定員オーバーで門を閉ざし、辺獄は収容しきれず溢れ、地獄は叫び声で満ちていた。

「輪廻転生すら、もう機能しない……」

冥界の王が、疲れた声で言った。

「問題はそれだけではない。

世界全体で、一つの魂が足りない。

誰の魂か、調べることすら困難だ。

生き物がすべて死に絶えた今、記録も痕跡も残っていない」

神々は顔を見合わせ、ただ沈黙するしかなかった。

そして、滅びた全ての死の星で、同じ声が響き始めていた。

悍ましく、腐敗した、魂まで汚染するような女の笑い声。

「くすくす……

ふふふ……

あはははは……」

それは、どこからともなく、風のように、虚空から響き渡った。

死の星の灰の大地を這い、毒の海を渡り、崩れた神殿の残骸を震わせる。

その笑い声は、ただの嘲笑ではなかった。

聞く者の心を蝕み、希望を砕き、魂をゆっくりと腐らせていくような、底知れぬ悪意に満ちていた。

死の星の神々は、その声を聞いて身を震わせた。

「この声は……何だ……?」

「我々の世界を滅ぼした……あの存在の残響か……?」

笑い声は、止まなかった。

幾つもの死の星で、同時に、同じ女の声が響き続けていた。

「くすくす……

もう、誰もいないわね……

ふふ……

次は、どの世界かしら……?」

岩内の夜、トオルはベッドの中で小さく身じろぎをした。

夢の中で、遠い遠い叫びが聞こえた気がした。

杖くんは、トオルの胸元で静かに目を覚まし、銀髪を優しく揺らした。

彼女の瞳の奥には、幾つもの滅びた世界の影が、ほんのわずかに映っていた。

『トオルちゃん……

あなたは、すべての世界の最後の希望なのよ……』

九歳の少年は、無意識のうちに杖くんをぎゅっと抱きしめた。

その小さな体の中に、幾千、幾万の魂の叫びと願いが、静かに息づいていた。

人類史上最大の魔法使いは、知らぬ間に、滅びた世界たちの慟哭を背負い、

静かに、しかし確かに、生き続ける世界を守り続けていた。

霧の港町は、少年の光と、死の星の残響に包まれながら、

ただ一つの希望として、輝き続けていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。