杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
熊野大社をはじめ、須佐之男命を奉る複数の神社の巫女たちの夢に、同じ光景が現れた。
暗い神殿の奥に、豪快な笑い声とともに一人の男が立っていた。
乱れた黒髪に、荒々しいがどこか優しさを秘めた瞳。
雷を思わせる力強い体躯と、腰に差した草薙の剣。
建速須佐之男命その人だった。
須佐之男は、巫女たちを真っ直ぐに見つめ、力強い声で託宣を告げた。
「聞け、我が巫女たちよ。
極東の地に、トオルという名の子供がいる。
まだ九歳でありながら、一人で深淵に挑み続けている。
神として力を貸したいが、天界の掟でそれも叶わぬ。
故に、自身の巫女であるお前たちを派遣したいと思う。
勿論、断ってもよい。
ダンジョンは神でさえ危険な場所だ。
無理に行けとは言わぬ。
戦えとも言わぬ。
だが、行ってくれるのなら、頼みがある。
トオルの心を守ってくれ。
あの子供は優しい。
それ故に、深く傷つくこともあるだろう。
癒してやってほしい。
トオルには、すでに召喚獣たちがいる。
戦いは彼らの領分だ。
それ以外で……どうか、あの子を支えてやってくれ」
託宣はそこで途切れ、夢は静かに醒めた。
熊野大社の境内にある巫女寮で、一番若い石戸霞は、目を覚ますと同時に立ち上がった。
黒髪を短く切り揃え、凛とした瞳を持つ彼女は、迷いなく宣言した。
「私が行きます。
須佐之男命様のお言葉、確かに受け取りました。
トオル様のお心を守るため、微力ながらお役に立ちたいと思います」
隣の部屋では、葵喜美と浅間智も同時に目を覚ましていた。
二人は顔を見合わせ、すぐに頷き合った。
葵喜美が、穏やかだが決意のこもった声で言った。
「私も行きます。
トオル様が一人で深淵に挑む姿……想像しただけで胸が痛みます。
癒しが必要な時、そばにいたい」
浅間智も、静かに微笑みながら続けた。
「私も同行します。
神の託宣を無視するわけにはいきません。
トオル様の心が、少しでも安らぐよう……精一杯務めます」
三人の巫女は、その夜のうちに荷物をまとめ、翌朝には岩内行きの準備を始めた。
須佐之男命の託宣は、他の神社にも同じように届き、数人の巫女たちが志願した。
しかし、最初に明確に名乗りを上げたのは、石戸霞、葵喜美、浅間智の三人だった。
遠く岩内では、トオルがまだ何も知らずに、みんなと朝食を食べていた。
九歳の少年は、エウレカの二本の剣を大切に横に置きながら、優しく笑う。
「今日も、がんばるよ……」
杖くんが、トオルの耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……神様の想いが、あなたに届き始めているわ。
これから、また新しい出会いがあるかもしれない』
トオルは、首を傾げて微笑んだ。
「新しい出会い……?
楽しみだな」
基地の外では、秋の風が優しく吹いていた。
ガンダムとザクが丘の上に立ち、犬型ゴーレムたちが山を守り、エルフの戦士たちが訓練を続ける。
須佐之男命の託宣を受けた巫女たちは、静かに岩内へと向かい始めていた。
人類史上最大の魔法使いは、知らぬ間に、神々の優しい想いと、
新たな守護者たちの足音に包まれようとしていた。
霧の港町は、少年の光と、古き神の託宣に包まれながら、輝き続けていた。