杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~   作:redhot

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杖くんと世界の厨房

北海道の岩内自衛隊基地は、霧の中でも異様な熱気に包まれていた。正門前の広場に設けられた臨時食材吟味所では、世界中から集まった名だたるシェフたちが、白衣やエプロンを着て、トオルの収納空間から次々と現れるダンジョン産の食材を前に息を飲んでいた。

あばれうしどりは、もはや伝説。霜降りの肉を指で押せば、指が沈み込むほどの柔らかさ。焼けば脂が溶け出し、噛めば甘みが爆発する。フランスの三ツ星シェフが「これで新しいコースが作れる」と呟き、イタリアの老舗シェフが「神の贈り物だ」と十字を切る。

だが、最近発見された飛竜種のイヤンクックも、負けていなかった。桃色の外殻の下に隠された肉は、火を通すとジューシーで、微かなスパイシーさが残る。ダイミョウザザミの身は、蟹のような甘みと弾力。巨大な爪から取れる白身は、刺身にしても、蒸しても、極上の味わい。シェフたちはこれらを「革命的な食材」と呼び、ノートにスケッチを描きながら興奮を抑えきれなかった。

あるイタリアのピザ職人――ミラノで修業を積んだ二十五歳の若き天才、ルイジ・ベルナルディ――が、トオルの前に立った。少し緊張した顔で、片言の日本語で尋ねる。

「トオルくん……ダンジョン産のトマト、ないですか? ピザに、完璧な酸味と甘みが欲しいんです」

トオルは杖くんを握りしめ、優しく微笑んだ。

「うん……あったよ。これ、どうかな」

空間が歪み、赤く輝くトマトが浮かび上がった。ネオトマト。瑞々しく、さわやかな酸味にフルーツのような極上の甘さが混じり、トマトの常識を覆す新種。表面は艶やかで、切ると果汁が滴り落ちる。

ルイジの目が輝いた。

「これだ……! これで、新しいピザができる! マルゲリータが、別次元になる!」

彼はネオトマトを抱きしめるように持ち、興奮で声を震わせた。トオルは少し照れくさそうに、

「よかった……たくさん使ってね」

その出来事は、すぐにイタリアに伝わった。数日後、日本政府に連絡が入る。「ネオトマトを大量に輸出してほしい。価格は問わない」。政府は困惑しながらも、トオルの収納空間に頼るしかなかった。

さらに、新たな発見が続いた。ダンジョンサーモンほど大きくないが、ストライトサーモン――派手なストライプ柄のサーモン。きれいな水を好み、群れで泳ぐ。何百匹に一匹の割合で、黄金イクラが取れる。黄金イクラは弾力があり、卵膜の中の液体が金色に輝くほど濃厚。シェフたちはこれを「海の宝石」と呼んだ。

バイオレットトラウトは、紫がかった美しい鱗のマス。塩焼きにすると、身がふっくらと弾け、甘みが広がる。キングトラウトはさらに大きく、ホイル焼きやムニエルに最適。バターとハーブが絡むと、異世界の風味が爆発する。

そして、ホワイトアップル。真っ白なリンゴ。糖度が通常のリンゴを遥かに上回り、搾れば極上のジュースに。スイーツ業界では大騒ぎになった。パティシエたちが「これで新しいタルトが作れる」「カクテルに最適」「ホワイトアップルパイは女性に絶対人気が出る」と、次々に試作を始める。パリの高級パティスリーが「岩内の白い宝石」と名付けてメニューに載せ、予約が殺到した。

基地の吟味所は、毎日シェフたちの歓声で満ちていた。トオルは杖くんと一緒に、食材を一つずつ取り出しながら、みんなの笑顔を見つめた。

「僕の食材で、みんなが喜んでくれて……嬉しいよ」

杖くんが、銀髪を揺らし、いたずらっぽく微笑む。

『トオルちゃんの優しさが、世界の味を変えてるわ。ネオトマトでピザが、ホワイトアップルでスイーツが……あなたは、もう食の革命児よ』

煉獄杏寿郎が、大声で笑う。

「うむ! 今日のイヤンクックも絶品だ! トオル、よくやったぞ!」

胡蝶しのぶが優雅に微笑み、

「ふふ、ネオトマトの酸味、素晴らしいですわ。トオルくん、ありがとう」

胡蝶カナエが穏やかに頷き、

「あらあら、黄金イクラでシャンパンに合わせたら、最高ね」

炭治郎が静かに、

「家族にも、いつか食べさせてあげたい……」

トオルは頷き、杖をぎゅっと握った。

「うん……もっと採ってくるよ。みんなが、美味しいって思えるように」

外では、霧の港町にシェフたちの厨房の火が灯り、香りが広がる。イタリアから来た連絡が、政府を動かし、世界の食卓が変わり始めていた。

七歳の少年の心が、深淵の恵みを、世界へ届ける。

人類史上最大の魔法使いの物語は、味と香りの渦の中で、さらに広がっていく。

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