杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
京都の山奥、裏高野の本山・金剛峯寺の奥まった一室で、灯りが静かに揺れていた。
老阿闍梨・慈空は、七十歳前後の穏やかな顔に深い皺を刻み、座布団の上に正座していた。
向かいには、弟子の孔雀が、いつものように少しだらしなく座っている。
孔雀は黒い僧衣を着崩し、長い髪を無造作に後ろでまとめ、口元にはいつもの軽薄な笑みが浮かんでいた。
しかし、その瞳の奥には、裏高野でも指折りの実力者らしい鋭い光が宿っていた。
慈空は、ゆっくりと口を開いた。
「孔雀……よく聞け。
北海道のダンジョンに行き、トオルという少年に協力せよ。
あの子は人類を超え、神の領域にいるかもしれない存在だ。
人々のために働いているが、まだ子供じゃ。
お主以上に過酷で危険な運命を背負った子供じゃ。
年上であるお前が、支えになってやるのだ」
孔雀は、軽く肩をすくめながらも、真剣な目で師を見つめた。
「師匠……トオルってガキですか。
新聞やテレビで見たことありますよ。
九歳で四百階まで一人で潜ってるって……正気ですか?」
慈空は、静かに頷いた。
「王仁丸に協力を仰ぐのもいいだろう。
二人で協力して、あの子を正しき道に導くといい。
お前の密法術や、王仁丸の呪禁道は、あの子にとって未知の系統のはず。
あの子の才能なら、更なる技術に変えるかもしれんな」
孔雀は、髭を軽く撫でながら、少し考え込んだ。
「王仁丸の奴か……相変わらず腐れ縁ですね。
あいつと組むと、いつも面倒なことになるんですが……まあ、仕方ないか。
トオルってガキ、闇に落ちないように見張るってことですか?」
慈空の声が、少し厳しくなった。
「そうだ。
トオルは優しすぎる。
それ故に、深く傷つくこともあるだろう。
お前はスケベで、食べ物に執着し、酒も飲み、パチンコもやる生臭坊主じゃが……
それでも、修行を積んだ者として、あの子の心を守ってやってくれ。
乗り物に弱いお前が、北海道まで行くのも大変じゃろうが……」
孔雀は、苦笑しながら手を振った。
「師匠、相変わらず厳しいですね。
童貞のまま修行してるのも、師匠のせいですよ?
まあ、いいです。
トオルってガキ、面白そうじゃないですか。
密法術や王仁丸の呪禁道を教えて、闇に落ちないように見張りますよ。
失敗したら……その時は、その時です」
慈空は、深いため息をつきながらも、わずかに微笑んだ。
「孔雀……お前はマヌケで、修行や退魔行に失敗することも多い。
車酔いして苦しむ姿も、よく見る。
だが、お前の心は、決して腐ってはおらぬ。
トオルという子供を、頼むぞ」
孔雀は、いつもの軽薄な笑みを浮かべながら、しかしその瞳には真剣な光を宿して立ち上がった。
「わかりました、師匠。
孔雀、行ってきます。
トオルってガキ……ちゃんと守ってやりますよ。
闇に落ちたら、俺がぶん殴ってでも連れ戻します」
慈空は、静かに目を閉じた。
「行け……そして、帰ってこい」
孔雀は、師の言葉を受け、黒い僧衣を翻して部屋を出た。
廊下を歩きながら、彼は小さく笑った。
「九歳のガキが、四百階か……
面白くなってきたぜ」
裏高野の山は、秋の紅葉に染まりながら、静かに二人の旅立ちを見送っていた。
トオルは、そんな動きを知らずに、基地でみんなと一緒に過ごしていた。
九歳の少年は、杖くんを抱きしめながら、優しく笑う。
「みんな、元気だね……僕、もっとがんばるよ」
杖くんが耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……裏高野の人たちも、あなたの元へ来るみたいね。
また、新しい出会いが待っているわ』
基地の外では、秋の風が静かに吹いていた。
孔雀は、車酔いに苦しみながらも、北海道へと向かう列車の中で、静かに微笑んだ。
「トオル……お前がどんなガキか、楽しみだぜ」
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、新たな退魔の才を迎え入れようとしていた。
霧の港町は、少年の光と、古き密法の影に包まれながら、輝き続けていた。