杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
アスラン王国の王宮会議室は、緊張と決意の空気に満ちていた。
敵味方、宗派の違いを超え、中東各国の首脳や指導者たちが一堂に会していた。
砂漠の国々の代表者たちが、長いテーブルを囲み、互いの顔を見据えていた。
これまで血で争ってきた者たちも、今回の危機で初めて同じテーブルに着いていた。
サキ・ヴァシュタルが、静かに口を開いた。
「皆さん……今回、トオルという日本の少年によって、我が国はスタンピードから救われた。
しかし、ダンジョンは依然として存在する。
トオルの召喚獣たちによって、スタンピードが起きないようにはなったが……
彼ばかりに頼るわけにはいかない。
トオルはまだ十歳の子供だ。
子供だけに頼っていては、大人として情けない。
故に、今までの遺恨は全て捨てて、全体でダンジョンを探索する人間を育てなくてはならない。
もはやアスラン王国一国の問題ではなく、中東全体の問題になったのだ」
集まった首脳陣は、重い沈黙の後、ゆっくりと頷いた。
一国の王が、低い声で言った。
「サキの言う通りだ……
スタンピードの恐ろしさを、我々は身をもって知った。
軍隊をもってしても太刀打ちできなかった。
トオルという少年の力に頼りきりでは、国が滅びるだけだ。
今こそ、過去の争いを忘れ、共同で探索者を育成する時だ」
別の指導者が、拳を軽く握りしめて続けた。
「宗派も、敵味方も関係ない。
中東全体で、ダンジョン対策の枠組みを作ろう。
トオルに恩を返しつつ、自らの力で守る道を……」
会議は、熱を帯びながら進んでいった。
過去の遺恨を乗り越え、共同訓練プログラムの策定、資源の共有、探索者の選抜……。
誰もが、トオルの力に救われた感謝と、自らの無力さを痛感していた。
その時、会議室の空気が、わずかに揺れた。
誰も気づかぬうちに、一人の少女が、テーブルの端に静かに立っていた。
黒いヴェールに身を包み、緑色の瞳が静かに輝く少女。
彼女は、音もなく、誰にも発見されずに侵入していた。
少女は、深く頭を下げ、落ち着いた声で言った。
「私は、アサシン教団から山の翁ハサン・ザッバーハ直属に派遣された者。
名を、静謐のハサンと言います」
首脳陣は、一斉に息を飲んだ。
警備の兵士たちが慌てて武器を構えるが、少女は微動だにせず、ただ静かに立っていた。
サキ・ヴァシュタルが、警戒を込めて尋ねた。
「……アサシン教団か。
何故ここに?
そして、誰にも気づかれずに侵入したその腕前……確かに本物だろう。
しかし、何の用だ?」
静謐のハサンは、穏やかな声で答えた。
「日本のダンジョンで探索しているトオルの元に向かいたい。
しかし、日本にコネがない。
密入国するわけにもいかない。
初代山の翁ハサン・ザッバーハの命なので、違えるわけにもいかない。
トオルに協力してダンジョンの深淵を探れ、と。
協力してほしい。
対価として、アサシン教団からアサシンを派遣する。
ダンジョン攻略に役立ててほしい」
会議室に、重い沈黙が落ちた。
サキは、少女の静かな瞳を見つめながら、ゆっくりと言った。
「……トオルに協力したい、というのか。
アサシン教団が、なぜ?」
静謐のハサンは、わずかに微笑んだ。
「山の翁の意志です。
それ以上は、申し上げられません。
ただ、トオル様のお力は、我々にとっても価値がある。
そして、対価として、アサシンを提供します。
どうか、ご検討を」
中東の首脳陣は、互いに顔を見合わせた。
敵味方関係なく、少女の提案は、彼らの新たな決意と重なるものだった。
サキは、静かに頷いた。
「わかった。
トオルに協力したいという意志は、受け取ろう。
我々も、トオルに恩を返したいと思っている。
アサシン教団の力も、必要かもしれない」
静謐のハサンは、再び深く頭を下げた。
「ありがとうございます。
トオル様に、よろしくお伝えください」
会議室の空気が、わずかに変わった。
敵対する勢力の間で、トオルという存在が、静かに共通の希望となり始めていた。
トオルは、そんな遠い会議のことを知らずに、基地でみんなと一緒に食事をしていた。
九歳の少年は、杖くんを抱きしめながら、優しく笑う。
「みんな、元気だね……僕、もっとがんばるよ」
杖くんが耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……中東の人たちも、あなたのことを想っているわ。
また、新しい道が開き始めているのね』
アスラン王国では、会議が続き、トオルという少年を中心に、新たな協力の枠組みが静かに生まれようとしていた。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、世界のさまざまな想いを、静かに受け止め続けていた。
霧の港町は、少年の光と、遠い中東の決意に包まれながら、輝き続けていた。