杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
岩内自衛隊基地のトオルの部屋は、柔らかな灯りに包まれ、静かな夜を迎えていた。
トオルはベッドに座り、無限の図書室で手に入れた小説版スレイヤーズを広げていた。
作中で魔族の力を借りて使える黒魔術の描写に目を輝かせ、杖くんに話しかけた。
「杖くん……この黒魔術、魔族の力を借りて魔法を使うんだね。
魔族の代わりに、地球の神々の力を借りて魔法を行使するのはどうだろう?」
杖くんは、銀髪を優しく揺らし、静かに答えた。
『いいアイデアね、トオルちゃん。
しかし、力の行使の代価として生贄などを請求されたら困るわ。
神が人類に力を貸すとも限らないわ。
まずは精霊魔法を中心にした方がいいでしょう。
精霊信仰は世界各地にあるし』
トオルは、素直に頷いた。
「そうだね……
精霊魔法なら、みんなにも優しいよね」
その会話は、トオルと杖くんだけのものだと思っていた。
しかし、遠い高天原、オリンポス、ヴァルハラ、アスガルド……地球の主要神話の神々は、すべてを盗み聞きしていた。
ゼウスは、雷を握りしめながら豪快に笑った。
「はははっ! 生贄など要求しないぞ!
信仰してくれるだけで十分だ!」
オーディンは、隻眼を細め、静かに頷いた。
「我々も同じだ。
人間が自らを助ける時代になった今、力の代償など求めぬ」
他の主神たちも、次々と声を上げた。
「そうだ! 生贄など、昔の話だ!」
「トオルという少年の純粋な心に応えたいだけだ!」
その言葉に、テスカトリポカは、黒いマントを翻し、目をそらした。
彼は、かつて生贄を要求していた神の一人だった。
「いや……生贄は昔じゃあ当たり前な行為だっただろう?」
他の神々が、一斉に声を上げた。
「時代を考えろ!」
「今は神が人間を導く時代じゃない!」
「もう人間はひとり立ちしたんだ。我々は見ていればいい」
「ただ、こんな困難が起こるとは想定していなかった。
神秘の少ない時代に、神話の時代以上の神秘が誕生するとは……」
テスカトリポカは、苦々しく笑いながら、肩をすくめた。
「ふん……まあ、そうだな。
今は、違う時代だ」
トオルは、そんな神々の声を全く知らずに、杖くんと一緒に精霊魔法の研究を続けていた。
「精霊魔法なら、みんなが優しく使えそうだね……」
杖くんが、優しく微笑んだ。
『ええ……あなたの優しさが、世界に新しい道を開くわ』
高天原では、須佐之男命が豪快に笑っていた。
「ははっ! あのガキ、俺の巫女たちも送ったが、神々全体が動いているとはな!」
天照大御神は、静かに微笑みながら、遠くトオルを見つめた。
「トオル君……どうか、健やかで……」
トオルは、知らぬ間に、世界中の神々の視線と期待を一身に浴びていた。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、優しい魔法の道を、静かに切り開き続けていた。
霧の港町は、少年の光と、神々の遠い想いに包まれながら、輝き続けていた。