杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~   作:redhot

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杖くんと空の再会

岩内町の空は、秋の澄んだ青に広がっていた。

トオルは、基地周辺での飛行魔法の実験中だった。

九歳の少年は、杖くんを抱きしめながら、風の精霊に包まれて軽やかに浮かび上がる。

速度を徐々に上げ、基地の周囲を一周する訓練を繰り返していた。

「杖くん……もう少し速くしてみようか」

トオルがそう呟いた瞬間、風が強く吹き、少年の体は一瞬で加速した。

基地の外周を越え、近くにある高校の校舎の上空を横切る形になった。

その高校の教室では、授業中のあかりが窓の外をぼんやりと見ていた。

高校生になった姉は、弟のことをいつも「トオル」と呼び、友人たちも自然と「トオル君」と呼んでいた。

弟を「兄」と呼ぶことなど、考えたこともなかった。

突然、空に浮かぶ小さな影に気づいたあかりは、目を疑った。

「……トオル?」

トオルも同時に、教室の窓からこちらを見上げる姉の姿に気づいた。

二人は、空中と教室という予想外の場所で、目が合った。

トオルは、驚いて目を丸くした。

「あ……お姉ちゃん!?」

あかりも、椅子から少し腰を浮かせ、声を上げそうになったが、授業中だったため必死に口を押さえた。

弟が、空を飛んでいる。

魔法を使って、自由に浮かんでいる姿を、家族として初めて直接見た瞬間だった。

トオルは慌てて高度を下げ、校舎の近くで止まった。

姉の驚いた顔を見て、申し訳なさそうに手を振った。

「お姉ちゃん……ごめん、びっくりさせたね。

実験中で……」

あかりは、窓辺に駆け寄り、声を抑えて言った。

「トオル……!

あなた、そんなところで飛んでるの!?

家族でも、魔法を使ってるところを直接見るのは初めて……

びっくりしたわよ」

トオルは、空中で少し照れくさそうに笑った。

「うん……ごめん。

基地の近くで実験してたんだけど、ちょっと速度出しすぎちゃって……」

授業中の教室では、教師とクラスメートたちが、窓の外の少年に気づき始めていた。

あかりは、慌ててトオルに手を振り返した。

「とにかく、無事でよかった……

でも、危ないから気をつけてね。

家に帰ったら、ちゃんと話聞くから」

トオルは、頷きながらゆっくりと高度を上げた。

「うん……わかった。

お姉ちゃんも、授業がんばってね」

二人は、互いに驚きと温かさを残したまま、視線を交わした。

あかりは、弟が空を飛ぶ姿を、家族として初めて目撃した衝撃を胸に、静かに窓から離れた。

トオルは、基地に戻る途中で、杖くんに小さく言った。

「姉ちゃん、びっくりさせてごめんね……

でも、元気そうでよかった」

杖くんが、優しく耳元で囁いた。

『トオルちゃん……家族でも、魔法を使うところを直接見るのは初めてだったのね。

でも、あかりちゃんも、きっとトオルちゃんの強さを誇りに思ってるわ』

基地に戻ったトオルは、胡蝶姉妹に事情を説明し、軽く注意を受けた。

しかし、姉との偶然の再会は、少年の心に温かな余韻を残した。

人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、家族の視線と、日常の優しさを、静かに胸に刻み続けていた。

霧の港町は、少年の光と、偶然の出会いに包まれながら、輝き続けていた。

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