杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
バチカン市国、使徒宮殿の奥深くに設けられた秘匿会議室では、重厚な沈黙が満ちていた。
壁には古い聖画が並び、蠟燭の炎が揺らめく中、教皇ヨハネ・パウロ二世が白い法衣を纏い、静かに座っていた。
その両側に枢機卿たちが並び、向かいには法王庁特務局第13課――通称イスカトリオテ機関の長、エンリコ・マクスウェルが立っていた。
教皇は、穏やかだが疲れた眼差しで一同を見回した。
「トオルという少年は、失われた聖遺物の全てを知っている。
聖杯、ロンギヌス、聖骸布……そしてエクスカリバーまでも。
我々が認めた魔法の力は、人類の盾となるためにある。
しかし、彼はまだ九歳の子供だ」
マクスウェルは、金色の眼鏡の奥で瞳を鋭く光らせ、声を張り上げた。
「教皇猊下!
まさにそれゆえに、即刻ローマへ召喚し、異端審問を!
拷問でも洗脳でも構いません。あの子供から聖遺物の所在を吐かせねば!
我々イスカトリオテは、異端を裁くために存在するのです!」
会議室にざわめきが広がった。
枢機卿の一人が、苦々しく首を振った。
「マクスウェル司教……君の熱意は理解できる。
しかし、我々は自ら魔法を認めたのだ。
人類の危機を前に、異端などという言葉で片づけられるものではない」
教皇は、手を挙げて一同を制した。
その声は、静かだが、揺るぎない威厳を帯びていた。
「却下する。
魔法を認めたのはローマ側である。
トオルは人類を守る盾であり、守られるべき子供だ。
その子に重荷を背負わせているのに、なお害を与えるなど、断じて許されぬ」
マクスウェルがなおも抗議しようとしたその時、教皇は静かに目を閉じた。
「先日、私の夢に一人の御方が託宣を下された。
神の子イエス・キリスト……
彼は、穏やかな笑みを浮かべ、こう仰せられた。
『あの子の行動は、神々も認めている。手助けしてあげて欲しい』と」
会議室に、再び深い沈黙が落ちた。
教皇はゆっくりと目を開け、マクスウェルを見つめた。
「だからこそ、マクスウェル司教。
君はアレクサンド・アンデルセン神父と武装神父隊を日本に派遣しなさい。
ただし、これは彼を手助けするための物である。
異端審問ではない。
彼に害を与える事は一切禁じる。
わかりますね?」
マクスウェルは、唇を固く結んだまま、深く頭を垂れた。
「……了解いたしました、教皇猊下。
アンデルセンと武装神父隊を、トオル少年の支援のために派遣いたします」
教皇は、静かに頷いた。
「神の御心に従うのだ。
トオルは、守られるべき子供でありながら、世界を守る英雄だ。
我々は、その背中を、優しく支える者であれ」
会議はそこで終わった。
マクスウェルは退出する際、わずかに唇を歪めたが、
教皇の言葉と、神の子の託宣の重みを、胸の奥に刻み込んでいた。
一方、遠く北海道の自衛隊基地では、トオルはいつものようにみんなと食事をしていた。
九歳の少年は、杖くんを抱きしめながら、優しく笑う。
「みんな、元気だね……
僕、今日もがんばってきたよ」
胡蝶しのぶが、優雅に微笑みながら、
「ふふ……トオルくん、ヴァチカンでもあなたの話がされているそうですわ。
聖遺物のことで、きっと何か動きがあるのでしょうね」
トオルは、少し首を傾げた。
「聖遺物……?
僕、ただ本当のことを話しただけだよ……」
杖くんが、トオルの耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……ローマの皆さんも、あなたのことを想っているわ。
いつか、きっと優しい人たちが来るのよ』
基地の外では、秋の風が静かに吹いていた。
ガンダムとザクが丘の上に立ち、犬型ゴーレムたちが山を守り、エルフの戦士たちが訓練を続ける。
ローマでは、教皇が静かに祈りを捧げ、
マクスウェルはアンデルセンに連絡を入れ、
武装神父隊は日本行きの準備を始めた。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、遠いローマの想いを知らずに、
ただ、みんなの笑顔を守るために歩み続けていた。
霧の港町は、少年の光と、聖なる託宣に包まれながら、輝き続けていた。