杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
イギリス、ヘルシング邸の地下会議室。
重厚な石壁に囲まれた部屋は、蠟燭の炎と古い肖像画が静かに揺らめき、夜の匂いが濃く漂っていた。
長テーブルの主座に、サー・インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングが座っていた。
金色の長い髪を後ろで束ね、眼鏡の奥の鋭い瞳に、女王の代理人としての威厳を宿した彼女は、葉巻をくわえながら一同を見回した。
その右側に、執事ウォルター・C・ドルネーズが控え、穏やかな笑みを浮かべていた。
左側には、新米吸血鬼のセラス・ヴィクトリアが直立し、緊張した面持ちでマントを握りしめている。
そして、テーブルの端に、漆黒のコートを羽織った長身の男――アーカードが、脚を組んで座っていた。
赤い瞳が、楽しげに細められている。
インテグラルが、葉巻の煙をゆっくり吐き出しながら切り出した。
「女王陛下から直々の勅命だ。
トオル少年がイギリスに来る可能性がある。
その時は、護衛を任せるとのことだ」
ウォルターさんが、穏やかに頷いた。
「人類最強の魔法使い……
彼が呼び出す存在一体が、すでに軍隊以上だそうです。
我々ヘルシング機関としても、相応の警護を用意しなければなりませんね」
セラスが、目を輝かせながら、
「マスター……! あの少年、九歳なのにダンジョンを一人で四百階以上も……
私なんかよりずっと強いんですね……!」
アーカードは、満面の笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。
「ふふ……あの少年は、人の身でありながら人を超え、吸血鬼たる私をも超えている。
ああ、会ってみたい。
彼は私を見て、どんな反応をするのか……
楽しみだな、インテグラ」
インテグラルは、眼鏡を指で押し上げながら、ため息をついた。
「アーカード……お前は相変わらずだな。
ただし、忘れるな。これは護衛だ。
女王陛下のご意向を、遊びで歪めては困る」
アーカードは、笑みを崩さず、
「無論だ、マスター。
私はただ……純粋に、興味があるだけさ」
そこへ、ウォルターさんが静かに付け加えた。
「ところで、インテグラル様。
ローマからは別の情報が入っております。
法王庁特務局第13課のアレクサンド・アンデルセン神父と武装神父隊が、日本へ向かう計画を立てているそうです。
表向きは『ダンジョン攻略の支援』……異端審問ではない、と」
セラスが、驚いたように、
「え……ローマが? あの少年に……?」
インテグラルは、葉巻を灰皿に押しつけ、
「教皇猊下の判断だろう。
トオル少年を害する気はないらしい。
我々も、余計な干渉は控える。
ただし、もしローマ側が不穏な動きを見せたら……アーカード、お前が動け」
アーカードは、赤い瞳を細め、愉しげに笑った。
「了解した、インテグラ。
あの少年を守る……ふふ、面白くなってきた」
地下会議室に、静かな緊張が満ちた。
ヘルシング機関の面々は、遠い日本の少年を、それぞれの想いで見つめていた。
一方、遠く北海道の自衛隊基地では、トオルはいつものようにみんなと食事をしていた。
九歳の少年は、杖くんを抱きしめながら、優しく笑う。
「みんな、元気だね……
僕、今日もがんばってきたよ」
胡蝶しのぶが、優雅に微笑みながら、
「ふふ……トオルくん、イギリスでもあなたの話が広がっているそうですわ。
ヘルシング機関の方々が、護衛を考えてくれているとか」
トオルは、少し首を傾げた。
「ヘルシング……?
僕、ただ本当のことを話しただけだよ……」
杖くんが、トオルの耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……吸血鬼の皆さんも、あなたのことを想っているわ。
いつか、きっと優しい出会いがあるのよ』
基地の外では、秋の風が静かに吹いていた。
ガンダムとザクが丘の上に立ち、犬型ゴーレムたちが山を守り、エルフの戦士たちが訓練を続ける。
ヘルシング邸では、アーカードが静かに笑みを浮かべ、
インテグラルが葉巻に火を付け、
ウォルターさんとセラスが、静かに次の指示を待っていた。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、遠いイギリスの想いを知らずに、
ただ、みんなの笑顔を守るために歩み続けていた。
霧の港町は、少年の光と、夜の邸宅の祈りに包まれながら、輝き続けていた。