杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
自衛隊基地の来客室に、冬の陽射しが淡く差し込んでいた。
そこに立っていたのは、一人の男――松尾象山だった。
五十を大きく超えた年齢とは思えぬ、岩のような体躯と、鍛え抜かれた筋肉の塊。
白髪交じりの短髪をきっちりと整え、鋭い眼光は老いを感じさせず、むしろ年輪を重ねた猛牛のような迫力を放っていた。
空手界にその人ありと称され、日本格闘界の伝説として語り継がれる猛者。
プロレスラーや大相撲の横綱にさえ匹敵するネームバリューを持つ男が、今、九歳の少年の前に静かに立っていた。
トオルは、来客室のソファから立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「松尾象山さん……ですよね?
僕、名前は知っています。
すごく強い方だって……」
松尾は、太い腕を軽く組み、低い声で笑った。
その笑みは、老いを感じさせないどころか、荒々しい活力に満ちていた。
「ほう、知っておるか。
わしが来た理由は一つだ。
自分の空手が、ダンジョンでどこまで通用するかを知りたい。
政府の管理する場所へ、無許可で入るわけにもいかん。
だから、まずお前さんに、わしの実力を――見てほしい」
トオルは、静かに松尾を見つめた。
九歳の瞳は、優しくも鋭く、相手の本質を見透かしていた。
(松尾象山さん……かなりの実力者だ。
ゴブリンの上位種――チャンピオンやロード、キングとも互角に戦えるだろう。
今の自衛隊員の中でも、上位……いや、トップクラスと肩を並べる。
素手で刀と同等の威力……でも、エルダーゴブリンには勝てない。
急所を突いたとしても、無理だ。
人間とエルダーゴブリンには、圧倒的な肉体的スペックの壁がある。
生身で戦車と戦えと言っているようなもの……
それでも、松尾象山さんなら、一矢報いるぐらいは……きっとできる)
トオルは、穏やかに微笑んだ。
「わかりました。
僕と一緒に、ダンジョンに行ってみましょう。
松尾さんの空手、ちゃんと見ます」
松尾の目が、わずかに輝いた。
二人はすぐに立ち上がり、基地の出口へと向かおうとした。
しかし、廊下で待ち構えていた胡蝶しのぶとカナエ、そして煉獄杏寿郎が、即座に二人を止めた。
「待って、トオルくん」
しのぶが、優雅だが有無を言わせぬ笑顔で言った。
「松尾象山さん……お名前は存じておりますわ。でも、政府の許可なくダンジョンへは行けませんのよ」
カナエが、穏やかに頷いた。
「あらあら……伝説の空手家さんでも、規則は規則です。
トオルくんも、勝手に連れて行こうなんて……いけません」
煉獄杏寿郎が、豪快に笑いながらも、厳しく言った。
「そうだ! トオルよ!
お前の気持ちはわかるが、松尾殿も無許可ではダンジョンに入れん!
まずは正式な手続きを!」
松尾は、太い腕を組み、静かに笑った。
「ふむ……当然だな。
わしも、子供を巻き込んで勝手な真似はできん。
だが、トオル……お前さんの目で、わしの空手を見てくれたことは、十分だ」
トオルは、少し寂しそうに、しかし優しく微笑んだ。
「ごめんなさい、松尾さん……
僕も、もっと早くお会いできたらよかったのに……
また、正式に許可が下りたら、一緒に行きましょう」
松尾は、岩のような体を軽く揺らして笑った。
老いを感じさせぬ、力強い笑みだった。
基地の外では、雪が静かに降り積もり始めていた。
トオルは、来客室に戻りながら、杖くんをそっと抱きしめた。
「松尾さん……すごい人だったね。
僕、ちゃんと見てあげたかったけど……」
杖くんは、トオルの耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……あなたはいつも優しいわ。
あの伝説の空手家も、あなたの瞳に映った自分の強さを、きっと忘れないでしょう』
基地の食堂では、胡蝶姉妹がトオルを待っていた。
ガンダムとザクは雪に覆われ、犬型ゴーレムたちが静かに見守る中、
トオルは、今日もまた、みんなの笑顔を守るために、静かに歩み続けていた。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、伝説の猛者との出会いを胸に、
ただ、優しく世界を照らし続けていた。
霧の港町は、少年の光と、雪の白さに包まれながら、輝き続けていた。