杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
東京・北辰館本部。
広大な道場に、冬の陽射しが白く差し込み、畳の匂いと汗の香りが混じり合っていた。
壁には古い巻物と、歴代師範の写真が並び、床板は無数の拳と足で磨き抜かれ、まるで鏡のように光っていた。
松尾象山は、道場の中央にどっしりと立ち、弟子たちを前に腕を組んでいた。
五十を大きく超えた体躯は、岩のように分厚く、老いを感じさせぬ猛々しさが全身から溢れ出ていた。
白髪交じりの短髪、鋭い眼光、鍛え上げられた筋肉の塊――空手界にその人ありと謳われる男は、静かに口を開いた。
「俺の空手も、まだまだらしい」
低く、しかし力強い声が道場に響いた。
弟子たちが息を呑む中、松尾はゆっくりと続けた。
「ダンジョンに行ってみた。
自衛隊と同じ三十階までしか行けなかった。
それ以上は、今は無理だと言われた。
……今は、だ。
つまり、これから強くなれば行けるってことだ」
松尾の唇に、獰猛な笑みが浮かんだ。
「人間や熊なんて目じゃない化け物が、うじゃうじゃしているんだぜ。
試合じゃ使えない技術も、使い放題なんだ。
面白いじゃないか。
俺の空手がどこまで目指せるのか……
あのトオルといったか。あの子供も十歳で、数多くの剣術の免許皆伝だそうだ。
それも一度見たらそれを模倣して、応用して、洗練させる。
戦国か幕末に生まれていたら、歴史に名を残せるだけの腕前だそうだ。
知り合いの剣術家が言ってたな」
松尾は、ゆっくりと拳を握りしめた。
その笑みは、強敵を目の前にした喜びで、まるで少年のように輝いていた。
「一度、やりあってみたいな。
俺とあの子供の、どっちが強いかを」
道場に、静かな緊張が走った。
弟子たちの中には、息を呑む者、目を輝かせる者、恐怖と興奮を同時に感じる者がいた。
松尾象山は、そんな弟子たちを一瞥し、豪快に笑った。
「さあ、稽古だ!
俺がまだまだだって言うなら、もっと強くなるまでだ!
ダンジョンの化け物どもに、俺の空手をぶつけてやる!」
北辰館本部に、拳の音と気合いの声が、再び響き始めた。
一方、遠く北海道の自衛隊基地では、トオルはいつものようにみんなと食事をしていた。
九歳の少年は、杖くんを抱きしめながら、優しく笑う。
「松尾象山さん……元気かな。
僕、ちゃんと見てあげたかったけど……」
胡蝶しのぶが、優雅に微笑みながら、
「ふふ……トオルくん、北辰館でもあなたの話が広がっているそうですわ。
あの伝説の空手家が、あなたと手合わせを望んでいる……なんて」
トオルは、少し驚いた顔で、
「僕と……?
松尾さん、すごく強い人なのに……
僕、ただみんなが笑顔でいられるようにがんばってるだけだよ……」
杖くんが、トオルの耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……あの猛者も、あなたの強さを認めているわ。
いつか、きっと優しい出会いになるのよ』
基地の外では、雪が静かに降り積もり始めていた。
ガンダムとザクは白い雪に覆われ、犬型ゴーレムたちが静かに見守る中、
トオルは、今日もまた、みんなの笑顔を守るために、静かに歩み続けていた。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、伝説の空手家との未来の対決を、
優しく胸に秘めながら、ただ世界を照らし続けていた。
霧の港町は、少年の光と、雪の白さに包まれながら、輝き続けていた。