杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
自衛隊基地の特別応接室は、世界中から集まった一流シェフたちで溢れていた。
雪の降る窓の外では、ガンダムとザクが白く静かに佇み、犬型ゴーレムたちがゆっくりと巡回している。
室内には、フランスの三つ星シェフ、イタリアの老練ピザ職人、ニューヨークの肉料理の巨匠、中国の薬膳の達人、そして日本の懐石の名人が、緊張した面持ちで並んでいた。
彼らの前に置かれたのは、わずか数キロの老竜の肉。
トオルが三十階以降で稀に出会う、六百メートル級の巨体から切り取られた一片だった。
一人のフランス人シェフが、震える声で言った。
「ただ……塩をふっただけで、これほどの味になるとは……
至高です。
これに手を加えるのは、冒涜に等しいのかもしれない。
しかし、もっと美味しく、もっと多くの人に届けたい。
老竜の肉はあまりに貴重で、試作など到底できない。
だから、トオル君……あなたの知識を、ぜひ……」
他のシェフたちも、深々と頭を下げた。
トオルは、九歳の小さな体でソファに座り、杖くんを抱きしめたまま、静かに目を伏せた。
無限の図書館に眠る知識は、老竜の調理法だけでも無数にあった。
この世界に適した、クリームソースとの相性、薬膳風の蒸し方、炭火焼きに最適な香草の組み合わせ……
全て、完璧に頭の中にある。
でも――
「僕……料理人じゃないから、どうやって教えたらいいのか、わからない……」
トオルは、優しい声で呟いた。
その瞳には、迷いがあった。
「老竜の肉は、ただ塩をふるだけで最高なんだよね……
でも、みんながもっと美味しくしたいって思う気持ちは、すごくわかる。
無限の図書館には、たくさんの調理法がある。
この世界にぴったり合うものも……
でも、それを全部教えたら……料理人の皆さんの技術の進歩を、止めてしまうんじゃないかな……
僕、みんなの笑顔を守りたいのに……」
胡蝶しのぶが、優雅に微笑みながらトオルの肩に手を置いた。
「トオルくん……あなたはいつも、優しすぎるわね。
シェフの皆さんも、トオルくんの気持ちを尊重してくださるはずですわ」
胡蝶カナエが、穏やかに頷いた。
「あらあら……老竜の肉は、確かに貴重ですもの。
でも、トオルくんが悩むのは、皆さんの未来を想ってのこと……
それが、あなたの強さです」
煉獄杏寿郎が、豪快に笑いながらも、
「うむ! トオルよ!
お前の優しさは、料理人たちの心にも届くだろう!
まずは、基本の塩焼きを極め、そこから少しずつ……どうだ!」
トオルは、杖くんをぎゅっと抱きしめ、ゆっくりと顔を上げた。
「うん……
僕、全部を教えるんじゃなくて、
『これ以上は、皆さんの腕で工夫してほしい』って、
基本だけを……伝えようかな。
みんなが、もっと美味しく作れるようになるのが、一番嬉しいから」
杖くんが、トオルの耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……あなたは本当に、賢くて優しいわ。
無限の知識を持っていても、それを独り占めせず、みんなの成長を願う……
それが、あなたの魔法よ』
シェフたちは、トオルの言葉に深々と頭を下げた。
老竜の肉の前に置かれた塩だけの一皿が、部屋中に芳醇な香りを放っていた。
トオルは、みんなの笑顔を見て、静かに微笑んだ。
基地の外では、雪が静かに降り積もり始めていた。
ガンダムとザクは白く染まり、犬型ゴーレムたちが静かに見守る中、
トオルは、今日もまた、みんなの笑顔を守るために、静かに歩み続けていた。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、至高の肉と料理人たちの未来を想いながら、
ただ、世界を優しく照らし続けていた。
霧の港町は、少年の光と、雪の白さと、老竜の芳しい香りに包まれながら、輝き続けていた。