杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
自衛隊基地の客室は、雪の降る窓から入る白い光に照らされ、静かな緊張が満ちていた。
ターニャ・デグレチャフは、眼鏡の奥の瞳を細め、机の上に広げた極秘資料をじっと見つめていた。
ビックボスとの交渉は、予想通り決裂した。
しかし、彼女には大統領から与えられた三つの極秘任務が残っていた。
ターニャは、ペンを指で軽く回しながら、静かに思案を巡らせた。
「一つ目……トオル少年をアメリカ側に引き込むこと。
当然だ。一人で一国の軍事力を凌駕する存在。
あの少年がアメリカにつけば、地球さえ統一できるだろう。
しかし、あの純粋な笑顔……簡単には動かない」
彼女は、二つ目の資料に目を移した。
「二つ目……ミスリルに関する人間の勧誘。
日本以上にミスリルに詳しい国は存在しない。
同じミスリルの精錬でも、日本と他国では明確な技術差が出ている。
その差を埋められる人物、特にドワーフをアメリカ側に引き込めないか……
あの鍛冶場で見たドワーフたちの技術は、脅威ですらある」
最後に、三つ目の資料を指で軽く叩いた。
「三つ目……ダンジョンの素材の独占契約か優先契約を結ぶこと。
今でも毎日のように新しい素材が発見されている。
軍事だけでなく、食料や衣料、医療に至るまで、新発見された物は多い。
それらをいかに早く手に入れるかが、国家戦略そのものだ」
ターニャは、ゆっくりと息を吐き、椅子の背もたれに体を預けた。
幼い外見に似合わぬ冷徹な頭脳が、すでに複数のシナリオを組み立て始めていた。
「さて……まずはどれからにするか」
その時、廊下からトオルの明るい声が聞こえてきた。
九歳の少年は、杖くんを抱きしめながら、いつものように基地内を歩いていた。
「みんな……今日も元気だね。
新しい装備、ちゃんと役に立ってるといいな」
胡蝶しのぶが、優雅に微笑みながら、
「ふふ……トオルくん、アメリカの使者さんが、まだ基地に残っているそうですわ。
きっと、あなたのことを気にかけているのでしょうね」
胡蝶カナエが、穏やかに頷いた。
「あらあら……でも、トオルくんはいつも通りで大丈夫ですわ。
世界は、あなたの優しさで少しずつ変わっていきます」
トオルは、純粋な笑顔で頷いた。
「うん……僕、ただみんなが笑顔でいられるように、がんばるよ」
杖くんが、トオルの耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……アメリカの皆さんも、あなたの力を欲しがっているわ。
でも、あなたはいつも通りでいいの。
あなたの優しさが、どんな策も優しく包み込んでしまう……』
基地の外では、雪が静かに降り積もり始めていた。
ガンダムとザクは白く染まり、犬型ゴーレムたちが静かに見守る中、
トオルは、今日もまた、みんなの笑顔を守るために、静かに歩み続けていた。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、遠い使者の思惑など知らずに、
ただ、世界を優しく照らし続けていた。
霧の港町は、少年の光と、雪の白さに包まれながら、輝き続けていた。