杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
北海道の自衛隊基地は白い雪にすっかり覆われていた。
基地の外では、ガンダムとザクが雪化粧を施した巨体で静かに佇み、犬型ゴーレムたちがゆっくりと巡回を続けている。
そんな冬の午後、トオルはいつものようにダンジョンへと足を踏み入れていた。
ダンジョンは、毎日が予想不能の世界だった。
上層――1階から99階までは比較的安定している。
しかし、100階以降の下層は、毎日のようにランダムに地形と環境ががらりと変わる。
昨日まで灼熱の砂漠だった階層が、今日は果てしない海になり、明日は凍てつく永久凍土に変わることも珍しくなかった。
それはまるで、ダンジョン自体が生き物のように息づき、探索者たちを試しているかのようだった。
トオルは、杖くんを抱きしめながら、今日も100階を越えたあたりで足を止めた。
目の前に広がっていたのは、広大な海の階層だった。
天井は高く、青い水面がどこまでも続き、波の音が静かに響いている。
空気は潮の香りに満ち、遠くに巨大な影がゆったりと泳いでいるのが見えた。
「わあ……今日は海なんだね。
前は砂漠だったのに……」
トオルは、九歳の瞳を輝かせながら、杖くんに話しかけた。
杖くんは、人の姿でトオルの隣に立ち、銀髪を優しく揺らしながら微笑んだ。
「トオルちゃん……下層は本当に気まぐれね。
でも、あなたなら大丈夫。
気をつけて進みましょう」
トオルは頷き、ゆっくりと海の階層を進んだ。
水面を歩くように浮遊魔法を使いながら、巨大な魚影を観察する。
すると、遠くから圧倒的な存在感が近づいてきた。
全長500メートルを超える、銀色の巨体。
エンペラーサーモン――この階層の頂点に君臨する、皇帝の名を冠した巨大鮭だった。
その鱗は宝石のように輝き、口から溢れる潮の息吹は周囲の水を震わせていた。
トオルは、目を丸くして息を飲んだ。
「すごい……エンペラーサーモンだ。
ダンジョンサーモンよりずっと大きい……
でも、僕の大好物だよ」
少年は、優しい笑みを浮かべながら、即死魔法を静かに放った。
巨大な皇帝鮭は、苦痛を感じることなく安らかに眠るように動きを止め、ゆっくりと浮かび上がった。
トオルは、短く黙禱を捧げた後、収納魔法でその巨体を丁寧に収めた。
他にも、エンペラーロブスターやエンペラークラブといった、地球の魚介に似たがはるかに巨大で強力な存在がいたが、トオルは鮭に夢中だった。
基地に戻ったトオルは、食堂でエンペラーサーモンの一部を調理してもらった。
巨大な身を切り分け、シンプルに塩焼きにしたものと、刺身にしたものが大きな皿に並ぶ。
トオルは、フォークを握りしめ、目を輝かせながら一口頰張った。
「うわあ……美味しい……!
ダンジョンサーモンより、ずっと甘くて、脂がのってる……
最高だよ!」
少年は、年相応の無邪気な顔で、頰を膨らませながら夢中で食べ始めた。
口の周りに油が少しついて、幸せそうな笑顔を浮かべる姿は、まさに普通の九歳の少年そのものだった。
普段の落ち着いた魔法使いの顔ではなく、純粋に大好物を前にした子供の表情だった。
周囲で食事をしていた自衛隊員たちは、その光景を見て自然と笑みを浮かべた。
胡蝶しのぶが、優雅に紅茶をすすりながら、
「ふふ……トオルくん、こんなに無邪気な顔をするの、久しぶりですわね。
エンペラーサーモン、よほどお好きなのでしょう」
胡蝶カナエが、穏やかに微笑みながら、
「あらあら……本当に可愛いですわ。
普段はあんなにしっかりしているのに、鮭の前では普通の男の子に戻るんですね」
煉獄杏寿郎が、豪快に笑いながら大きな身を頰張り、
「はっはっは! トオルよ!
その笑顔が一番だ!
わしも、こんな極上の鮭を毎日食べられるなんて、幸せだぞ!」
炭治郎が、静かに微笑みながら、
「トオルくん……君がこんなに嬉しそうに食べているのを見ると、僕も元気が出るよ。
家族にも、ぜひ送りたいな」
善逸と伊之助も、笑顔で頷いていた。
基地全体が、トオルの無邪気な食べっぷりに温かな空気に包まれた。
エンペラーサーモンの肉は、あばれうしどりに匹敵する極上の味わいだったが、流通させれば市場が崩壊する恐れがあるため、主に自衛隊内で消費されていた。
トオルは、そんな事情など気にせず、ただ夢中で食べ続けていた。
「んぐ……もっと食べたい……
でも、みんなにも分けてあげないと……」
トオルは、口いっぱいに頰張りながらも、隣の皿に少し取り分けた。
その姿は、まるで遠い昔の、ダンジョンに落ちる前の普通の少年に戻ったようだった。
自衛隊員たちは、そんなトオルを見て、心の中で静かに誓っていた。
この少年を守ろう。
彼が、こんな無邪気な笑顔を失わないように。
杖くんは、トオルの隣で優しく微笑みながら、銀髪を揺らした。
「トオルちゃん……あなたは本当に、鮭が大好きね。
エンペラーサーモンまで夢中になるなんて……
でも、その笑顔が、一番の魔法よ」
トオルは、頰を膨らませたまま、嬉しそうに頷いた。
「うん……みんなで食べると、もっと美味しいよ。
これからも、いい食材見つけてくるね」
食堂の窓の外では、雪が静かに降り続いていた。
基地の奥では、ドワーフたちが新たな武器を鍛え、MSFの隊員たちが訓練に励み、
ダイアモンド・ドッグズの基地では新たな戦いが始まろうとしていた。
トオルは、そんな世界の片隅で、ただ大好物のエンペラーサーモンを頰張りながら、
年相応の少年の笑顔を浮かべていた。
自衛隊員たちは、その姿を見て、自然と笑みを深めた。
この少年がいる限り、世界はまだ希望を失わない――そう、心の中で繰り返しながら。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、深淵の海の恵みを胸に、
ただ、みんなの笑顔を守るために、静かに歩み続けていた。
霧の港町は、少年の光と、雪の白さと、極上の鮭の香りに包まれながら、輝き続けていた。