杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
イギリスは、突如として訪れた「世界一有名で世界一忙しい少年」の来訪に、文字通り国を挙げて大慌てとなっていた。
ロンドンの街並みは、普段の落ち着いた冬の風景とは打って変わり、警察車両が頻繁に行き交い、王室警護隊や特殊部隊が主要ルートを封鎖し、空港周辺は厳戒態勢に包まれていた。
トオル・サトウ――九歳の魔法使い。
ダンジョンの深淵を一人で探索し、無限の図書館を所有し、ミスリルや新素材を世界に供給し、召喚した英雄たちと共に怪物たちを討伐する少年。
その名は、すでにイギリス全土に知れ渡っていた。
バッキンガム宮殿では、王室関係者と政府高官が緊急会議を開いていた。
王室顧問の一人が、額の汗を拭いながら言った。
「トオル少年の到着まであと数時間です。
警備体制は万全に……しかし、彼に会いたいと願う者は多すぎる。
企業はダンジョン資源の購入優先権を、学者たちは知識の一部を求めています。
王室としても、エクスカリバーの真偽を確認したい。
これは国家的な大事件です」
外務大臣が、書類をめくりながら頷いた。
「トオル少年は世界一忙しい少年だ。
日本政府からは『手荒な真似は一切しない』と保証されているが、
我々も最大限の敬意を払わねばならない。
空港から王宮までのルートは三重の警備を敷く」
一方、ヘルシング機関も動き出していた。
女王陛下の直々の勅命により、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングとアーカードが、空港への護衛として派遣されることになった。
ヘルシング邸の地下会議室で、インテグラルは葉巻をくわえ、冷ややかに言った。
「アーカード……女王陛下のご命令だ。
トオル少年の護衛を任された。
手荒な真似はするな。
お前が暴れたら、英国全体がパニックになる」
アーカードは、赤い瞳を細め、愉しげに笑った。
「ふふ……了解した、インテグラ。
あの少年に会えるとは、光栄だ。
彼が私を見て、どんな顔をするか……楽しみだな」
ウォルター・C・ドルネーズが、穏やかに微笑みながら、
「インテグラル様、アーカード……どうか穏やかにお願いします。
トオル少年はまだ九歳です。
世界が注目する少年を、英国の顔として迎えるのですから」
セラス・ヴィクトリアは、興奮気味にマントを翻し、
「マスター! 私も一緒に行きたいです!
トオル少年に会えるなんて……!」
インテグラルは、眼鏡を押し上げ、
「セラスは留守番だ。
アーカードと私だけで十分。
行くぞ」
空港では、すでに報道陣が集まり始めていた。
昭和時代のため、ネットは存在しない。
テレビや新聞、ラジオが一斉に「魔法少年トオル来英」の大見出しを打ち、
国民の関心は頂点に達していた。
企業関係者はダンジョン資源の交渉を、学者たちは失われた知識の開示を、
王室はエクスカリバーの真実を、それぞれ胸に秘めて待っていた。
数時間後、政府専用機がイギリスの空港に滑り込むように着陸した。
タラップが下り、まずコッコロが降り立ち、次に杖くん(人の姿で)が続き、そしてトオルが現れた。
九歳の少年は、厚いコートに包まれ、杖くんを抱きしめながら、雪混じりの風に少し目を細めた。
「ここが……イギリスなんだね」
トオルは、周囲の厳重な警備と、遠くから見つめる人々の視線を感じ取り、静かに微笑んだ。
出迎えの政府高官が、深く頭を下げた。
「トオル少年、ようこそイギリスへ。
王室と政府を代表して、心より歓迎いたします。
どうか、ごゆっくりお過ごしください」
トオルは、丁寧に頭を下げ、
「よろしくお願いします。
僕、知っていることを、ちゃんと話します」
その時、黒い車列が近づいてきた。
インテグラルとアーカードが降り立ち、トオルの前に立った。
インテグラルは、葉巻をくわえたまま、静かに挨拶した。
「トオル少年……私はインテグラル・ヘルシング。
女王陛下の命により、あなたの護衛を務めます」
アーカードは、赤い瞳を輝かせ、愉しげに笑った。
「ふふ……はじめまして、トオル。
私はアーカード。
よろしく頼むよ」
トオルは、二人の存在に少し驚きながらも、優しく微笑んだ。
「インテグラルさん、アーカードさん……よろしくお願いします。
僕、みんなが笑顔になれるように、がんばります」
コッコロが、トオルの後ろで小さく頭を下げ、
杖くんが、優しい笑みを浮かべながらトオルの肩に寄りかかった。
イギリス全土が、九歳の魔法使いの到着に沸き立っていた。
企業は資源の交渉を、学者は知識を、王室は聖剣の真実を、それぞれ胸に秘めて。
トオルの旅は、こうして始まった。
基地に残った胡蝶姉妹は、窓から遠い空を見つめ、
煉獄たちは静かに祈るように見守っていた。
遠く離れた日本とイギリスの空を、一人の少年の優しさが繋いでいた。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、遠き英国の地に足を踏み入れ、
ただ、世界を優しく照らし続けていた。
霧の港町は、少年の光と、雪の白さに包まれながら、輝き続けていた。