杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
イギリス王宮の謁見室は、荘厳なシャンデリアの光と、雪の白い光が窓から差し込む中で、静かな緊張に包まれていた。
重厚な絨毯が足音を吸い込み、古い肖像画が壁に並ぶ部屋の中央に、長いテーブルが置かれていた。
イギリス王室の顧問、政府高官、軍事関係者、そして王族の代表者が緊張した面持ちで座り、向かい側にはトオルが静かに腰を下ろしていた。
杖くん(人の姿で)がトオルの右側に、コッコロが左側に控え、アーカードとインテグラルが少し離れた位置で見守っている。
空気は重く、しかし敬意に満ちていた。
王室顧問が、深く息を吸い、静かに切り出した。
「トオル少年……まずは、エクスカリバーが今どこにあるのかをお聞きしたい。
あなたが公言された通り、アーサー王と共に眠っているという情報は、本当なのですか?」
トオルは、九歳の小さな体をまっすぐにし、優しい瞳で一同を見つめた。
深々と頭を下げ、穏やかな声で答えた。
「はい……エクスカリバーは、アーサー王と共に眠っています。
場所を言っても、人間ではたどり着けないと思います。
エクスカリバーを守っているモーガン・ル・フェイが許さないからです。
彼女の許可なく立ち入れる場所じゃありません。
本当にエクスカリバーが主を必要としているのなら、自らの意志で姿を現します。
僕が言う言わないではなく、エクスカリバーの意志で世界に現れるのです。
聖遺物とは、特に星の剣であるエクスカリバーとは、そのような存在なのだから。
それに、無理に起こそうとしたら、円卓の騎士達も相手しなければいけませんよ?
彼らは眠るアーサー王を守護していますから」
部屋に、ざわめきが広がった。
高官の一人が、声を震わせて尋ねた。
「円卓の騎士……本当に存在するのですか?」
トオルは、静かに頷いた。
「はい。
エクスカリバーもですが、ロンギヌスや聖杯、聖骸布……ヨーロッパや世界各地に眠っている聖遺物は、自らの意志で世界に現れます。
人間の意志ではなく、聖遺物が世界に必要なのかどうかで、出るかを判断します。
世界にとって必要なら現れ、必要にならなくなったら眠る。
その繰り返しです。
多分ですが、必要じゃない時に僕が頼んでも無理です。
というか、誰でも無理です。
神々でも無理です。
人が聖遺物を使うのではなく、聖遺物が人を選ぶのです。
よく勘違いされがちですが、彼らにも意志があります。
彼らは世界の意志でもあります。
世界の危機なら現れると思いますが、必ず現れるかはわかりません。
僕の持つエウレカ――二本の剣と精霊達も聖遺物に類する存在ですが、世界の意志とは違います。
杖くんも聖遺物を超えた存在ですね」
トオルの言葉は、静かだがはっきりとした声で部屋に響いた。
その瞬間、部屋の隅に設置されたカメラが世界中に中継を始めていた。
イギリス国内では、テレビが緊急速報を流し、街角のスクリーンや家庭の受像機が一斉にトオルの姿を映し出した。
ロンドンのカフェでは人々が息を飲み、
「主が剣を選ぶのではなく、剣が主を選ぶ……?」
「エクスカリバーそのものに意志がある……? ただの剣ではないの?」
「聖遺物って一体何なの? 星の剣……?」
「モーガン・ル・フェイが本当に存在しているの? 湖の貴婦人が実在している……?」
王宮内でも、関係者たちがざわめいた。
王室顧問が、声を震わせて、
「聖遺物が……自らの意志で……
それでは、我々がエクスカリバーを求めることは、無意味なのですか?」
トオルは、優しく首を傾げ、
「無意味とは思いません。
でも、聖遺物は世界の意志に従います。
今、世界が本当に必要としているなら、きっと現れると思います。
でも、僕が無理に呼び起こすことはできません。
それが、聖遺物の本質だからです」
アーカードは、赤い瞳を細め、愉しげに笑った。
「ふふ……面白い。
聖遺物に意志があるとは……君の言葉は、私の長い人生でも新鮮だ」
インテグラルが、葉巻の煙を吐き出しながら、
「トオル少年……あなたの言葉は、重い。
英国は、それを真摯に受け止めます」
トオルは、深く頭を下げ、
「僕……ただ、みんなが笑顔でいられるように、話しただけです。
エクスカリバーが、世界にとって必要になる日が来るかもしれません。
その時は、きっと自ら姿を現すと思います」
会議室に、長い沈黙が落ちた。
王室関係者や政府高官たちは、トオルの言葉を胸に刻み込み、
聖剣の意志という未知の領域に思いを馳せていた。
世界中継された映像は、イギリス全土で大きな波紋を呼び、
人々は聖遺物の神秘に息を飲み、少年の優しい言葉に心を動かされていた。
杖くんが、トオルの耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……あなたは本当に、優しすぎるわ。
聖遺物の意志を、こんなに丁寧に伝えるなんて……
イギリスも、世界も、少しずつあなたの優しさに触れている』
トオルは、みんなの顔を見て、静かに微笑んだ。
「僕……これでよかったかな。
みんなが、笑顔になれるように……」
王宮の外では、雪が静かに降り積もり始めていた。
ロンドンの街並みは、トオルの言葉に包まれながら、静かに息づいていた。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、聖剣の意志と世界の問いを胸に、
ただ、世界を優しく照らし続けていた。
霧の港町は、少年の光と、雪の白さに包まれながら、輝き続けていた。