杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~   作:redhot

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杖くんと死の定めと優しき安らぎ

イギリス王宮での会談が大成功に終わった後も、トオル少年の存在は英国全土を静かに揺るがし続けていた。

王宮の控室では、政府高官や王室関係者が書類の山に囲まれ、ため息を漏らしていた。

企業からの要請は特に激しく、ダンジョン産ミスリルや老竜素材の独占契約、新種資源の優先買取を求めて殺到していた。

学者たちは、失われた文明アトランティスやムーの詳細、古代の魔法体系、未解明の神秘を一端でも教えてもらいたいと、熱心な手紙を連ねていた。

しかし、イギリスで一番トオルを必要としているのは、企業でも学者でもなかった。

難病や末期症状に苦しむ患者たちの家族たちだった。

病院の待合室では、母親が幼い娘を抱きしめながら、涙を堪えて祈っていた。

「トオル少年なら……あの少年の魔法なら、娘の病気を治してくれるかもしれない……」

末期癌の夫を看取る妻は、震える手で新聞を握りしめ、「回復魔法は限界があると聞くけれど……トオル少年なら……」と呟いていた。

彼らにとって、トオルは最後の希望の光だった。

確かに、トオルが開発・提供した回復魔法は、医療の現場で革命を起こしていた。

軽傷や中程度の怪我は瞬時に癒え、慢性疾患の症状緩和にも大きく貢献していた。

しかし、難病の完治や末期症状の根本回復は、魔法の力でも不可能だった。

死の定めは、容易く覆せない――それが、トオル自身が世界中の医療機関に送った手紙に記された、明確な境界線だった。

トオルは、数日前、日本から世界中の主要医療機関に一通の手紙を送っていた。

その内容は、簡潔でありながら、少年の優しさと誠実さがにじみ出るものだった。

「死の定めは覆しません。

その病気で死が決まっている人を、助けることはできません。

ただ、苦しまずに安らかに静かに眠る事は、手助けできます。

どうか、ご理解ください」

この手紙は、各国の病院で医師や患者家族の間で静かに共有され、

希望と諦めが交錯する中で、トオルの誠実さを改めて印象づけていた。

竜の血を使った高性能ポーションは、市場には一切出回らず、研究機関でのみ厳重に管理され、難病治療の可能性を探るための貴重な資料となっていた。

王宮の控室で、政府高官の一人が書類をめくりながら、重い声で言った。

「患者家族からの要請が、特に多い。

難病の完治を望む声……トオル少年の回復魔法に、最後の望みをかけている。

しかし、手紙の内容通り、死の定めは覆せないと本人も明言している。

どう対応すべきか……」

もう一人の官僚が、ため息をついた。

「企業や学者も待っていますが、人の命に関わる問題は優先度が高い。

トオル少年は優しい子だ。

頼めば、可能な範囲で協力してくれるだろう。

だが、国賓として招いた以上、負担をかけすぎては……」

トオルは、そんな喧騒の中心にいながらも、客室で静かに窓の外を見つめていた。

雪の降るロンドンの街並みを眺め、コッコロと杖くんがそばにいるだけで、心は穏やかだった。

「みんな……大変だね。

僕、できる範囲で、助けたい。

死ぬ人を無理に生き返らせることはできないけど……

苦しまずに、安らかに眠れるように、手を貸すことはできるよ」

杖くんが、トオルの銀髪を優しく撫でながら、

「トオルちゃん……あなたは本当に、優しすぎるわ。

死の定めを尊重しながらも、苦しみを和らげようとする……

それが、あなたの魔法よ」

コッコロが、トオルの手をそっと握り、

「トオル様……私も、一緒にがんばります。

あなたの優しさが、きっと多くの人を救います」

王宮の外では、雪が静かに降り積もり始めていた。

イギリス国民は、テレビや新聞を通じてトオルの到着と手紙の内容を知り、

希望と静かな諦めの中で、少年の次の行動を待っていた。

トオルは、窓辺で小さく微笑んだ。

「僕……みんなが、少しでも笑顔になれるように、がんばるよ」

人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、死の定めと優しき安らぎを胸に、

ただ、世界を優しく照らし続けていた。

霧の港町は、少年の光と、雪の白さに包まれながら、輝き続けていた。

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