杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
イギリスの冬は冷たく、雪が街路樹を白く染め、王宮の石畳にも薄い霜が降りていた。
トオルは、九歳の小さな体を厚いコートに包み、コッコロの手を握って、病院を次々と訪れていた。
杖くんは人の姿で静かに寄り添い、少年の決意を優しく見守っていた。
トオルは、死の定めを覆さない。
それが、彼が世界中の医療機関に送った手紙に記した、揺るぎない境界だった。
しかし、苦痛なく、安らかに、静かに眠るようにする事はできる――
その優しい魔法だけは、迷わず使っていた。
ロンドンのある総合病院の病室で、末期癌の老人が静かに横たわっていた。
家族がベッドの周りに集まり、涙を堪えながら見守っている。
トオルは、小さな手をそっと老人の額に当て、静かに魔法をかけ始めた。
淡い光が部屋を包み、老人の苦痛に歪んでいた顔が、ゆっくりと穏やかになっていく。
「苦しまないで……
安らかに、静かに……
みんなが、笑顔でいられるように」
トオルは、短く祈るように呟いた。
老人は、穏やかな微笑みを浮かべ、静かに息を引き取った。
家族は、涙を流しながらも、老人が最後に見せた安らかな笑顔に、胸を熱くした。
「ありがとう……トオル少年……
父は、苦しまずに逝けました……」
トオルは、深く頭を下げ、
「僕、できることはこれだけです。
でも、苦しまずに済んだなら……よかったです」
次の病院では、難病の幼い少女がベッドに横たわっていた。
母親が手を握りしめ、必死に祈っている。
トオルは、少女の額に手を当て、同じように優しい光を灯した。
少女の苦痛に満ちた表情が、ゆっくりと穏やかになり、最後に小さな笑みを浮かべて息絶えた。
母親は、涙を流しながらも、娘の安らかな顔を見て、静かに感謝の言葉を繰り返した。
「ありがとう……本当に、ありがとう……
娘は、苦しまずに、天国に行けました……」
コッコロが、トオルの袖をそっと引き、
「トオル様……お疲れではありませんか?」
トオルは、優しく首を振り、
「ううん……みんなが、少しでも安らかに逝けるなら……
僕、がんばれるよ」
杖くんが、トオルの耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……あなたは、死の神のように見られているわ。
でも、それは慈悲深い死の神……
苦しみを和らげ、安らかな別れを与える……
それが、あなたの優しさよ』
イギリス中の病院で、同じ光景が繰り返された。
難病の患者、末期症状の老人、幼い子供……
トオルは、一人一人に丁寧に魔法をかけ、苦痛を和らげ、安らかな最期を手助けした。
家族たちは、涙を流しながらも、患者が最後に浮かべた穏やかな笑顔を見て、静かに感謝した。
「死からは逃れられない……
でも、最後は安らかに……」
そんな言葉が、病院の廊下に静かに響いた。
トオルの姿は、患者の家族たちから「慈悲深い死の神」として語られるようになった。
彼は死を覆さない。
しかし、苦しみを優しく包み、安らかな旅立ちを見守る――
その優しさは、イギリス中に静かな感動を広げていた。
夜、王宮に戻ったトオルは、窓辺に立ち、雪の降る街並みを静かに眺めていた。
コッコロが、温かな紅茶を淹れてくれ、杖くんがそっと寄り添う。
トオルは、小さく息を吐き、
「みんな……少しでも、安らかに逝けたかな……
僕、できることはこれだけだけど……」
杖くんが、トオルの銀髪を優しく撫でながら、
「トオルちゃん……あなたは本当に、優しすぎるわ。
死の定めを尊重しながらも、苦しみを和らげる……
それが、あなたの最大の慈悲よ」
コッコロが、トオルの手を握り、
「トオル様……今日も、たくさんの人を安らかに導きました。
あなたの優しさが、家族たちの心にも届いています」
遠く日本では、胡蝶姉妹が基地の窓から空を見つめ、
煉獄や炭治郎たちが静かにトオルの無事を祈っていた。
イギリス全土が、九歳の少年の慈悲に包まれ、
世界は、静かにその優しさを記憶していた。
人類史上最大の魔法使いは、九歳の心で、死の定めと安らかな別れを胸に、
ただ、世界を優しく照らし続けていた。
霧の港町は、少年の光と、雪の白さに包まれながら、輝き続けていた。