杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~   作:redhot

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杖くんと深淵の恵みと奇跡

岩内の自衛隊基地は、朝から晩まで活気づいていた。トオルは毎日、三十階から四百階までを往復し、収納空間をいっぱいにして地上へ戻ってくる。珍しい鉱石の塊、地球では見たこともない薬草、食べられる魔物の肉や鱗――どれもが現代の科学では精製できない宝物ばかりだった。基地の研究室は夜通し明かりが灯り、科学者たちは興奮の声を上げ、シェフたちは厨房で新たな料理を試作する。

ある朝、トオルが持ち帰ったのは、軍隊ガニだった。

三メートルを超える巨大な蟹型の魔物。赤く輝く甲羅は分厚く、巨大なハサミは鋼鉄を容易くへし折る。脚は八本、すべてが岩を砕くほどの力を持つ。ダンジョンの深層で群れをなして進軍する姿から「軍隊ガニ」と名付けられたこの魔物は、トオルが即死の魔法で安らかに仕留め、丁寧に収納空間へ収めたものだった。

市場に卸されたその日の午後、港町は大騒ぎになった。

「一匹から普通の蟹の何十倍もの身が取れるって本当か!」

「しかも、味が……地球のどの蟹よりも濃厚で甘い!」

一流料亭のバイヤーたちが殺到し、シェフたちは試食するや否や目を丸くした。身はプリプリと弾力があり、甲羅を割れば白く上品な肉が山のように出てくる。だが、甲羅の強度は戦車の装甲を上回る堅さ。加工が極めて難しく、市場の値崩れを防ぐため、政府は極少量のみの卸しを厳命した。一匹分でも、数百万の値がつくほどの希少品となった。

トオルは食堂の隅で、みんなの喜ぶ顔を見て小さく微笑んだ。

「軍隊ガニさん……美味しかったかな」

杖くんが銀髪を優しく揺らし、いたずらっぽく笑う。

『トオルちゃんの優しさが、また新しい恵みを生んだわ。でも、市場はもう大混乱よ』

さらに、二体の飛竜種が持ち帰られた時、政府は即座に買い取りを決めた。リオレイア――緑の鱗に覆われた雌飛竜。毒の尾と火の息を操り、優雅に空を舞う。リオレウス――赤い雄飛竜。炎を吐き、強靭な翼で急降下する。二体とも、市場には一切卸されず、日本政府が極秘に研究と医療用に確保した。毒の成分は新たな薬となり、鱗は最高級の防具素材となった。

だが、医療界に本当の激震が走ったのは、百階以降でしか存在しない三つの存在がトオルによって持ち帰られた時だった。

血虫――体長七センチほどの小さな昆虫。蚊のように皮膚を刺すが、痛みは一切ない。老廃物が溜まったドロドロの血液だけを吸い取り、体内で浄化して腹の袋に清潔な血液を蓄える。難病患者や大量輸血が必要な手術で、即座に安全な血液を提供できる革命的な存在となった。

ドクターアロエ――巨大なアロエに似た植物。葉肉を包帯のように巻けば、重傷を瞬時に癒す。切断された血管すら再生し、感染を防ぎ、痛みを和らげる。戦場や災害現場で、命を救う救世主となった。

クスリバチ――蜂の仲間。腹に様々な天然薬を蓄え、針を注射器のように使って投与する。抗生物質から解毒剤、再生促進剤まで、必要な薬を瞬時に作り出し、患者の体内へ直接注入する。難病治療の現場で、奇跡と呼ばれた。

これら三つは、すべて百階以降の深淵にしか生息しない。普通なら自衛隊が近づくことすらできない領域だった。だが、トオルが持ち帰ったことで、医療界は一夜にして塗り変わった。難病患者の生存率が跳ね上がり、輸血のリスクが激減した。

基地の病院では、メフィストが黒いコートを翻し、血虫を手に笑っていた。

「ふふ、面白い。君の優しさが、こんな奇跡を運んでくるなんてね」

トオルはみんなの喜ぶ顔を見て、杖くんをぎゅっと握った。

「僕、ただ……みんなが元気になってほしいだけだよ」

杖くんが優しく頷く。

『ええ、トオルちゃん。それでいいのよ』

市場は軍隊ガニで沸き、医療界は三つの奇跡で震え、政府はリオレイアとリオレウスの研究に没頭する。

だが、トオルは変わらない。ただ、優しい笑顔で、次の探索へ向かう。

深淵の恵みは、食卓を変え、命を変え、世界を変え続けていた。

人類史上最大の魔法使いは、今日も祈りを捧げながら、地上へ宝物を届け続ける。

霧の港町は、静かに、しかし確実に、希望の街へと変わりつつあった。

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