杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
岩内の小さな一軒家、佐藤家の居間は、夕暮れの柔らかな光に包まれていた。囲炉裏の火がぱちぱちと音を立て、テーブルにはダンジョンサーモンの塩焼きとあばれうしどりの煮込みが並んでいる。軍隊ガニの甲羅割りも、少量だけ特別に届いたものだ。四人分――トオルがいない今も、家族は毎週のように届くこれらの恵みを、大切に味わっていた。
母の佐藤美恵子は、箸を置いてため息をついた。優しい目が、少し潤んでいる。
「トオル……元気でやってるのかしらね」
父の佐藤健一は、サーモンの身を口に運びながら、静かに頷いた。
「自衛隊の皆さんが、毎週教えてくれるって言ってたろ。煉獄さんや胡蝶さんたちが、ちゃんと見守ってくれてる。機密だってのに、家族だからって……あの子は、今も笑ってるはずだ」
長女の佐藤あかりは、二十歳。弟を「トオル」と呼ぶ。兄妹仲は良かったが、彼女はいつも弟を弟として見ていた。箸を止めて、母の方を見た。
「トオル、ご飯好き嫌いしないで食べてるかな……。基地の食堂、美味しいって言ってたけど、サーモンとかあばれうしどりばっかりじゃ、野菜とか足りてるのかしら」
美恵子は小さく笑った。
「胡蝶さんたちが、ちゃんと栄養考えてくれてるわよ。あかりが心配しなくても、トオルはちゃんと食べてるはず。……夜はひとりで寝れてるのかしらね。あの子、昔は時々怖い夢見て、私の布団に潜り込んできたのに」
健一は囲炉裏の火を見つめながら、ゆっくりと言った。
「魔法って……本当に稀有な能力なんだな。ダンジョンで活躍してるって、自衛隊の皆さんが教えてくれたけど……あの子がそんな場所で戦ってると思うと、胸が痛い。でも、トオルは『みんなを守りたい』って言ってるんだろ? 七歳で、そんなことを考えるなんて……」
あかりは軍隊ガニの身を箸でつまみ、口に運んだ。甘みが広がり、思わず目を細める。
「このガニ、すごいよね。一匹でこんなに身が取れるなんて……。トオルが採ってきたって思うと、なんだか不思議。離れてるのに、こうして届くんだもん」
美恵子は頷き、祖父母のことを思い出した。
「おじいちゃんとおばあちゃんのところにも、毎週同じように届いてるわよね。祖父母も、トオルのこと心配してるけど……『あの子は立派になった』って、喜んでる」
健一は静かに箸を置いた。
「トオルの口座……俺たちが管理してるけど、一円も触ってない。どれだけ入ってるかも、確認してない。トオルが自由になった時に、好きなように使えるように……それだけだ」
あかりは小さく息を吐いた。
「トオル、基地で暮らしてるんだよね。機密の塊だって、自衛隊の人が言ってたけど……でも、家族だからって、こうして話してくれる。煉獄さんが来てくれた時、トオルの笑顔の話をしてくれたわ。『あの子はいつも優しい笑顔だ』って」
美恵子は涙を拭い、微笑んだ。
「トオル……元気でいてね。ご飯はちゃんと食べて、夜は怖くないように……。お母さんたち、ずっと待ってるから」
家族は静かに食事を続けた。ダンジョンサーモンの脂が舌に残り、あばれうしどりの甘みが心を温める。軍隊ガニの身は、トオルの優しさをそのまま届けるようだった。
囲炉裏の火が揺れる中、佐藤家は、遠く離れた息子・弟のことを、静かに、温かく想い続けていた。
トオルは今も、基地でみんなと笑っているはずだ。
いつか、再会できる日まで。
家族の会話は、霧の港町に優しく溶けていった。