杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
岩内自衛隊基地の工房は、連日のように夜を徹して明かりが灯っていた。トオルが持ち帰ったミスリルは、すでに日本企業の自動車産業と兵器産業に、文字通りの革命を起こしていた。
従来の鋼材の十分の一以下の重量で、強度はその五十倍以上。人類の科学では同じ物を精製できない――分析室の科学者たちは何度も顕微鏡を覗き、頭を抱えた。軽く、強く、魔法のように加工しやすいこの金属は、自動車のボディなら燃費を劇的に向上させ、エンジン部品なら耐久性を永遠に近いものに変える。兵器分野では、戦闘機の装甲、ミサイルの外殻、歩兵のヘルメット……すべてが一変した。
日本企業だけではない。アメリカのゼネラル・モーターズとフォード、ヨーロッパのメルセデス・ベンツとローバー、ソ連の自動車工場、そして中国の新興企業――世界中の重工業関係者が、極秘にサンプルを入手しては絶句した。
「これを……八歳の子供が、毎日のように持ち帰っているというのか?」
アメリカの国防総省は、極秘報告書に「ミスリル保有国は世界を支配しかねない」とまで記した。ソ連の軍事委員会は、KGBに「日本からミスリルを奪取せよ」と指令を飛ばし、ヨーロッパ各国は外交ルートで「共同開発」を打診した。だが、すべてはトオルという一人の少年に集約されていた。
最大の衝撃は、兵器産業と軍事関係者を震え上がらせた実証試験だった。
基地の試験場に、昭和五十八年当時のアメリカ主力戦車――M60パットン――が運び込まれた。105mm砲が咆哮し、徹甲弾がミスリル製の盾に直撃した。
結果は――何も起きなかった。
盾はびくともせず、その場から一ミリも動かず、表面に傷一つなかった。戦車の砲撃を完全に防いだのだ。見た目はただの銀色の小さな盾。重さも、普通の大人なら片手で持てる程度。だが、その強度は戦車の装甲を遥かに超えていた。
試験に立ち会ったアメリカ軍の技術将校は、顔面蒼白で呟いた。
「これで戦車を作ったら……どうなる。ミスリルを持つ国が、世界を支配する」
日本政府も、冷たい汗を流した。総理官邸では緊急会議が開かれ、「ミスリルは国家機密の最上位」と位置づけられた。
一方、エルフの仮設キャンプでは、別の驚きが広がっていた。
エレンディル長老が、トオルが作ったミスリル製の短剣を手に、目を丸くした。
「ミスリル……あの伝説の金属? 神話にしかなかったはず……」
リンディル戦士も、銀の輝きを見つめ、震える声で言った。
「私たちの世界でも、古代の英雄が持っていたとされるだけ……まさか、こんなに大量に……」
トオルは照れくさそうに笑いながら、ミスリル製の武具を次々と制作していた。エルフの戦士たちに合わせた軽量のチェーンメイル、弓の強化部品、短剣や長剣。すべてに防御と切れ味のエンチャントを施し、地上の暮らしに役立つよう加工する。
「みんなが守れるように……」
軍隊ガニの甲羅もまた、革命的な代用品だった。ミスリルに劣るものの、現行の戦車装甲よりも薄くて堅い。加工すれば装甲板として即戦力。マカライト鉱石やドラグライト鉱石、ダイミョウザザミの甲殻も、強度と弾性が高く、軽量防具や車両部品として次々と実用化された。
基地の工房では、トオルがミスリルの塊を手に、エルフの戦士たちに微笑みかけた。
「これで、みんな一緒に探索できるね」
エレンディルは剣を胸に当て、深く頭を下げた。
「あなたは、私たちに希望を与えてくれた……」
杖くんがトオルの耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……ミスリルが、世界を変えてるわ。でも、あなたの優しさが一番の奇跡よ』
世界は、八歳の少年がもたらした一つの金属に、静かに震えていた。
自動車は軽く、兵器は強く、エルフは地上で新たな誇りを得る。
人類史上最大の魔法使いは、深淵の宝物を、ただ「みんなのために」と地上へ届け続けていた。
霧の港町は、ミスリルの輝きに照らされ、静かに未来へと変わり続けていた。