杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
霧の濃い北海道の港町は、秋の気配を帯び始めていた。自衛隊基地の外れ、鉄条網と監視塔に囲まれた一角に、新たな囲いが設けられた。コンクリートの床に藁を敷き、簡易な木製の柵を巡らせ、屋根付きの小屋を急ごしらえで建てた。そこに、運び込まれたのは――ポポの親子だった。
巨大な草食獣。体長は十メートル近く、肩高は四メートルを超える。マンモスを思わせる反り返った長い牙と、厚い体毛に覆われた巨体。だが、その目は意外に穏やかで、怯えたような光を宿していた。トオルが150階近くの草原階層で発見し、デスナイトとエルダーリッチの軍勢が静かに囲んで生け捕りにした個体だ。子ポポはまだ三メートルほどで、親の後ろに隠れるようにくっついていた。
自衛隊の生物学者チーム――主に民間の大学から派遣された専門家たち――と、隊員たちが囲いの周りに集まっていた。煉獄杏寿郎が腕を組んで、大きく息を吐く。
「うむ! これが人類初の異界家畜化実験だ! 失敗など許さんぞ!」
隣に立つ胡蝶カナエが、穏やかに微笑む。
「杏寿郎さん、声が大きいですよ。ポポさんたちがびっくりしちゃいます」
胡蝶しのぶは白衣を羽織り、メモ帳を片手に目を細める。
「ふふ、まずは観察からですね。ストレス反応、採食行動、社会性……すべて記録しますわ」
トオルは囲いの外から、杖くんを抱えて見つめていた。杖は人の姿で、銀髪を風に揺らし、いたずらっぽく笑う。
『トオルちゃん、ポポちゃんたち、かわいいわね。あなたが呼んであげたから、こんなに大人しいのよ』
「うん……僕、怖がらせたくないんだ。優しくしてあげたい」
実験は慎重に進められた。まずは給餌。ダンジョン内で食べていた草の類似種を、基地近くの牧草地から運び込み、囲いの中に置く。親ポポは鼻を鳴らし、ゆっくりと近づいてきた。牙を地面に擦りながら、草をむしゃむしゃと食べ始める。子ポポも、親の陰から顔を出し、恐る恐る口をつけた。
生物学者の一人が、双眼鏡を覗きながら呟く。
「驚くべきことに、攻撃性はほぼゼロだ。縄張り意識も薄い。人間の存在に慣れれば、完全に家畜化できる可能性が高い」
トオルはそっと手を伸ばした。結界を張り、穏やかな魔力を放つ。親ポポが首を傾げ、トオルの方をじっと見つめた。そして――ゆっくりと近づいてきた。巨大な鼻先が、トオルの頭に触れる。温かく、湿った息が少年の髪を揺らす。
「えへへ……くすぐったいよ」
親ポポは低く唸るような声を出し、子ポポを背後に隠しながらも、トオルに体を寄せてきた。まるで、守ってほしいと言っているように。
杏寿郎が大声で笑う。
「素晴らしい! トオル、君はもうポポの母ちゃん代わりだな!」
炭治郎が静かに頷く。
「本当に……優しい目をしてますね。僕たちも、ちゃんと世話してあげましょう」
善逸は冷静にノートを取る。
「体温は安定。ストレスホルモン値も低い。少なくとも一週間はこの調子で観察を」
伊之助は腕を組んで、囲いを見下ろす。
「よし、俺が毎日餌やり当番やるぞ。こいつら、俺に懐くに決まってる!」
実験は順調に進んだ。ポポの体毛は極めて保温性が高く、冬の北海道で防寒素材として有望。牙は硬度が高く、工具や武器の素材に転用可能。肉質は赤身が豊富で、脂の乗りも良い。仮に家畜化が成功すれば、食糧難の時代に革命を起こす存在になる。
だが、課題もあった。ポポは一度に大量の草を必要とする。基地の牧草地だけでは足りず、ダンジョン内の草を定期的に運び込む必要があった。しかも、親ポポは子を守るために、夜になると牙を立てて周囲を警戒する。人間が近づきすぎると、低い唸り声を上げるのだ。
トオルは毎日のように囲いに通った。仮面ライダーたちは交代で警護に立ち、デスナイトは無言で門を守る。エルダーリッチは魔力で草の成長を促し、妖精たちはポポの体を優しく撫でて癒す。
ある夜、トオルは囲いの外で座り込み、親ポポの巨体に寄りかかっていた。月明かりの下、ポポの体毛が銀色に輝く。
「僕ね……お父さんとお母さんに、ポポのこと話したいな。妹も、きっと喜ぶよ」
杖くんが、トオルの肩に手を置く。
『いつか、きっとね。トオルちゃんがもっと強くなって、みんなを守れるようになったら……家族にも、ポポちゃんたちを紹介してあげられるわ』
親ポポが、優しく鼻をトオルの頰に寄せる。子ポポも、眠そうに目を細めて寄り添う。
生物学者が、遠くから呟く。
「成功率……九割を超えたかもしれない。この親子は、もう完全に人間に懐いている」
杏寿郎が拳を握る。
「うむ! これで、次は群れごとの捕獲だ! ポポ牧場を、北海道に作るぞ!」
トオルは小さく笑った。
「うん……僕、がんばるよ。みんなが、お腹いっぱい食べられるように」
深淵から連れ帰られた恵みは、ただの食材や素材ではなかった。それは、未来への希望だった。
杖くんと少年と、巨大な草食獣の親子。
実験は、まだ始まったばかりだ。