杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
岩内自衛隊基地から数百キロ離れた、在日米軍横須賀基地の地下演習場は、重苦しい空気に包まれていた。
在日米軍司令部は、トオルが150階から帰還してわずか数日後、極秘の要請を送っていた。
「佐藤トオルの召喚獣の強さを、是非とも教えてほしい」
日本側は渋々了承した。トオル本人は「みんなが安心できるなら……」と微笑んでいたが、八歳の少年がもたらす力の恐ろしさを、一番理解していたのは日本政府でも自衛隊でもなく、各国の首相や大統領たちだった。
演習場に集まったのは、在日米軍でも有数の精鋭。格闘技の達人、銃火器の名手、特殊部隊のベテラン――総勢数十人。拳銃、ナイフ、対戦車ライフルまで持ち込まれ、誰もが「常識的に考えれば勝てる」と信じていた。
対するトオル側は、デスナイト一人だけだった。
黒い全身鎧に真紅の紋様、悪魔の角の兜。腐り落ちた顔の眼窩に赤い光が灯る。身長二メートルを超え、タワーシールドと赤黒いオーラのフランベルジュを構えた死の騎士。喋らない。ただ、深く頷き、忠誠を示す。
米軍の指揮官が、冷や汗を拭いながら合図した。
「始めろ!」
最初は徒手空拳。黒帯の格闘家たちが一斉に襲いかかった。拳が風を切り、蹴りが腹を狙う。しかし、デスナイトは動かない。盾を軽く掲げただけで、すべての攻撃が弾かれた。骨が折れる音が響き、男たちが次々と倒れる。
次にナイフ。特殊部隊の暗殺者たちが背後から斬りつける。刃は鎧に触れた瞬間、火花を散らして弾かれた。
続いて銃火器。M16、ベレッタ、機関銃の連射が浴びせられる。弾丸はすべて盾に吸い込まれ、かすかな金属音だけを残して止まった。
最後に、対戦車ライフル。重い銃声が響き、徹甲弾が直撃した。
――ほんの僅かなへこみ。
デスナイトは、傷一つ負わず、ただ静かに立っていた。赤い眼窩の光が、静かに米軍の精鋭たちを見つめる。
演習場は、死んだように静まり返った。
指揮官の声が、かすかに震えた。
「……これは……」
続いて、エルダーリッチの魔法の試射が行われた。
骸骨の魔法使い。黒いローブに覆われ、杖を握る高位アンデッド。青白い眼窩が輝く。
「主よ。我は命じられた通りに」
落ち着いた声で呟き、廃車に向けて火球を放った。
瞬間、演習場の空気が爆ぜた。火球は廃車を一瞬で飲み込み、鉄の塊を溶岩のように溶かした。熱波が観客席まで届き、米軍の兵士たちは思わず後ずさった。
声も出なかった。
在日米軍は、ダンジョンのモンスターの恐ろしさを侮っていなかった。銃火器が通じないことは、すでに情報として知っていた。だが、これは……違う。
デスナイトは、ただ守っていただけである。
指揮官は、震える手で報告書をまとめ、在日米軍司令部に、そしてワシントンへ送った。
「現代兵器では、ダンジョン攻略は不可能に近い。核を使用したとしても、ダンジョンが無事だった場合、人類に打つ手がなくなってしまう」
その報告は、即座に各国首脳に回った。
アメリカ大統領は、ホワイトハウスの執務室で報告書を読み、葉巻をくわえたまま固まった。
ソ連の書記長は、クレムリンで目を細め、
「……八歳の子供が、これほどの力を……」
イギリスの首相、フランスの大統領、中国の指導者……誰もが、背筋に冷たい汗を流した。
トオルという存在は、もう「可愛い少年」ではなかった。
人類未踏の階層を探索するだけでなく、召喚している存在が軍隊以上。しかも、その少年は優しく、温厚で、ただ「みんなを守りたい」とだけ言っている。
世界の頂点に立つ者たちは、初めて本当の恐怖を知った。
岩内では、トオルがガンダムとザクの足元で、エルフの子供たちと遊んでいた。デスナイトは静かに盾を構え、エルダーリッチは穏やかに本を読んでいる。
トオルは杖くんを抱きしめ、微笑んだ。
「みんな、元気でいてね……」
杖くんが耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……あなたは、もう世界の中心にいるわ。でも、あなたの心は変わらない。それが、一番怖いことなのよ』
霧の港町は、静かに息づいていた。
しかし、世界の首脳たちは知っていた。
八歳の少年が微笑むたび、地球の運命が揺れることを。
人類史上最大の魔法使いは、まだ何も知らずに、優しい笑顔で次の探索を待っていた。