杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~   作:redhot

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杖くんと土俵の奇跡

岩内自衛隊基地の特設土俵は、雪の降りしきる北海道の空の下で、異様な熱気に包まれていた。

新日本プロレスと全日本プロレスの合同興行が大成功を収めた余韻が、まだ冷めやらぬ中、今度は日本でプロレス以上の人気と権威を持つ大相撲が、慰問興行として基地にやってきた。

日本政府直々の許可。理由はただ一つ。

「トオルくんの召喚獣と、横綱たちの本気勝負を見てみたい」

両国技協会と日本相撲協会は、異例の合同興行を了承した。日夜特訓している技が、ダンジョンの死の騎士に通用するのか。誰もが知りたがっていた。

土俵の四方を囲むのは、自衛隊員、エルフの住民たち、そしてトオル本人。七歳の少年は杖くんを抱き、目を輝かせて土俵を見つめている。デスナイトは無言で土俵の脇に立ち、赤い眼窩の光が静かに揺れる。

横綱たちは、昭和五十八年の現役最強の面々だった。

北の湖敏満、千代の富士貢、輪島大士、若乃花幹士、琴櫻傑将……。三役、関脇、小結たちも揃い、土俵入りで堂々とした四股を踏む。観客席からは、基地の隊員たちの歓声と、エルフの子供たちの驚きの声が混じり合う。

試合前、トオルが小さな声で言った。

「みんな……怪我しないようにね」

少年は杖を軽く掲げ、柔らかな緑色の光を土俵全体に放った。回復魔法――古傷や疲労を瞬時に癒す光。

横綱たちの体が、一瞬で軽くなった。北の湖の古い膝の痛み、千代の富士の肩の違和感、輪島の腰の重さ……すべてが消えた。力士たちは呆然とし、土俵の上で体を伸ばす。

北の湖が最初にトオルの元へ歩み寄った。巨体を屈め、優しく頭を撫でる。

「ありがとうな、坊主。体が……二十代の頃に戻ったみたいだ」

千代の富士も、笑顔でトオルの肩に手を置いた。

「おかげで、今日は思いっきり取れるよ」

輪島は大きく頷き、

「坊主、いい子だな」

試合は熱を帯びた。

北の湖対千代の富士の夢の対決。土俵が揺れ、砂煙が舞う。エルフたちは初めて見る「人間の力比べ」に目を丸くし、子供たちは興奮して飛び跳ねる。

特別企画は、試合後の力比べ。

「横綱 vs デスナイト」

デスナイトは無言で盾を構える。トオルが事前に「攻撃はしないでね」とお願いしているため、ただ立っているだけ。

北の湖が最初に挑んだ。巨体を屈めてデスナイトの腰に両腕を回し、渾身の力で持ち上げようとする。だが、動かない。まるで大地に根が生えたように。

千代の富士が突進。押し相撲の要領で押し込むが、足が一ミリも動かない。

輪島が吼えながら組みつき、力任せに引き起こそうとする。だが、デスナイトは微動だにしない。

逆に、デスナイトがゆっくりと片手で北の湖の巨体を持ち上げた。まるで子供を抱くように軽々と。

土俵は静まり返り、次の瞬間、大歓声が爆発した。

「すげええええ!」

「動かねえ! デスナイト強すぎだろ!」

続いてグインとの力比べ。

豹頭の戦士と横綱たちの対決。同じ人間同士――いや、獣人と人間の力比べ。筋肉がぶつかり合い、汗が飛び散る。観客は大声で声援を送り、エルフたちも息を飲んで見つめる。

「がんばれー!」

「グインさん、負けるな!」

試合後は、ダンジョン産の食材で作られたちゃんこ鍋の大宴会。

あばれうしどりのぶつ切り、軍隊ガニの身、ダンジョンサーモンの鍋、黄金イクラのちらし……。力士たちは大食いで知られるだけあり、鍋を次々と空にしていく。

トオルはみんなの笑顔を見て、ぽつりと呟いた。

「みんなで食べると、美味しいね」

その言葉に、北の湖が箸を止め、千代の富士が肉を頰張ったまま頷き、輪島が笑い、若乃花が静かに微笑んだ。全員が、優しい笑みを浮かべた。

宴の最中、トオルは力士たちにサインと写真をお願いした。

「僕のお父さんが、大の相撲好きで……みなさんのがほしいんです」

横綱たちは笑顔で頷いた。北の湖が最初にサインをし、千代の富士がトオルの隣に座り、輪島、若乃花、琴櫻……三役、関脇、小結たちも加わり、集合写真を撮った。胡蝶姉妹や煉獄たちもついでに一緒に写り込み、笑顔が溢れる。

その写真は、次の日のスポーツ新聞の一面を飾った。

「人類未踏の少年と横綱たちの奇跡の対面! ダンジョン食材のちゃんこ鍋で大宴会」

「トオルくんの魔法で古傷全快! 北の湖・千代の富士が笑顔」

新聞は全国に配られ、テレビのニュースでも大々的に報じられた。ネットなど存在しない時代、テレビと新聞がすべてだった。

トオルは新聞の写真を見て、杖くんを抱きしめた。

「みんな、楽しそう……よかった」

杖くんが耳元で優しく囁いた。

『トオルちゃん……あなたの優しさが、また新しい笑顔を生んだわ』

雪の降る岩内は、プロレスに続き、大相撲の熱気と、ダンジョン産の恵みに満ちていた。

人類史上最大の魔法使いは、七歳の心で、世界中の強者たちを笑顔に変え続けていた。

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