杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
基地の地下深く、トオル専用の隔離室は、静かに魔力の残響を帯びていた。コンクリートの壁に囲まれ、蛍光灯が冷たく照らす中、トオルは床に座り、膝の上に杖を横たえていた。人の姿の杖くん――レディ・アヴァロンは、銀髪を優しく揺らし、トオルの隣に腰を下ろす。緑の瞳が、少年の横顔を愛おしげに見つめていた。
「杖くん……見ててね」
トオルは小さく息を吸い、両手を広げた。掌の中心に、淡い青白い光の渦が生まれる。空間が歪み、裂け目が開く。そこは――ただの「空間」ではない。トオルの意志が作り出した、完全なる異界の倉庫。
100メートル四方。立方体に近い広大な空間。床は鏡のように滑らかで、天井は遥か高く、淡い光が満ちている。空気は澄み、温度は常に一定。埃一つなく、魔力が循環して腐敗を防ぐ。
トオルは指を軽く振った。
まず、鉱石の山が現れる。マカライト鉱石の青みがかった塊が、整然と積み上げられ、ドラグライト鉱石の輝竜石が宝石のように散らばる。科学者たちが狂喜する希少鉱石が、ここではただの「素材」の一部。トオルは毎日持ち帰るたび、ここに収めていた。
次に、素材の区画。ランポスの軽量な鱗、ギアノスの白い皮、ブランゴの厚い毛皮。ポポの牙や体毛の束も、丁寧に分類されている。解体したダンジョンボアの革はロール状に巻かれ、棚のように並ぶ。すべてが魔力で保存され、鮮度が落ちない。
そして、食材の領域。ダンジョンサーモンの巨大な切り身が、氷のような結界に守られて並ぶ。身は脂が乗って輝き、切り口から滴る脂が凍結せずに保たれている。ダンジョンボアの塊肉は真空のように密閉され、ホンマグロ並みの赤身が層をなす。あばれうしどりの霜降り肉は、特別な棚に置かれ、ダンジョン茸の束が香りを放ちながら整列。おばけキノコの巨大な傘は、胞子を封じて乾燥保存。空飛ぶキャベツは、葉を広げたまま浮遊させてある。
杖くんは、目を丸くして空間を見回した。
『……トオルちゃん。これ、本当に……あなたが作ったの?』
「うん。最初は小さかったんだけど、探索するたびに広げて……今はこんなに」
杖くんは立ち上がり、ゆっくりと歩き出した。100メートル先の壁まで、優雅な足取りで進む。触れると、壁は柔らかく波打ち、触れた指先から魔力が返ってくる。
『信じられないわ……100メートル四方。私の知る限り、こんな収納魔法は存在しなかった。古代の魔導王ですら、せいぜい数十メートル立方。魔神の宝物庫ですら、ここまで広大じゃなかったもの』
トオルは少し照れくさそうに頭を掻いた。
「僕の魔力が、どんどん増えてるから……杖くんが教えてくれたおかげだよ。収納魔法も、最初はポケットくらいだったのに」
杖くんは振り返り、くすくすと笑った。いたずらっぽい微笑みが、愛情に満ちている。
『ふふ、トオルちゃんったら。あなたはもう、私の想像を遥かに超えてるわ。こんな広大な空間を、しかも分類まで完璧に……鉱石は鉱石、素材は素材、食材は食材。温度管理、鮮度保持、魔力循環まで自動でやってるなんて』
彼女はトオルの前に戻り、少年の頰を優しく撫でた。
『これだけの空間を維持する魔力消費……普通の魔法使いなら、一瞬で枯渇するわ。でもあなたは、毎日探索しながらこれを保ってる。信じられない才能よ』
トオルは杖くんの手に、自分の手を重ねた。
「僕、みんなのために……お父さん、お母さん、お姉ちゃん、妹のためにも、たくさん集めたいんだ。ポポの肉も、サーモンも、みんなでおいしく食べられるように」
杖くんは目を細め、優しく頷く。
『ええ、そうね。トオルちゃんの心が、この空間を広げてるのよ。優しさと、守りたいという想いが、魔力を無限に近いものに変えてる』
空間の奥で、仮面ライダー1号が静かに立っていた。2号、V3、ライダーマン、アマゾン、X、ストロンガーも、交代で警護に立つ。デスナイトは無言で鉱石の山の前に立ち、エルダーリッチが食材の結界を点検する。妖精たちは光を散らし、空間全体を優しく照らしていた。
トオルは深呼吸した。
「もっと広げられるかな……いつか、家族みんなが入れるくらいに」
杖くんが、少年を抱き寄せるように腕を回した。
『きっとよ。あなたなら、できるわ。無限の宝物庫を、無限の希望に変えて』
外では、基地の喧騒が遠く聞こえる。ポポの親子が囲いの中で穏やかに草を食み、生物学者たちがメモを取る。杏寿郎の笑い声が響き、しのぶとカナエが優しく見守る。
だが、ここはトオルの世界。
100メートル四方の、少年の心そのもの。
杖くんは囁く。
『さあ、トオルちゃん。今日も探索に行く? 新しい恵みを、この宝物庫に迎え入れましょう』
トオルは頷き、杖を握りしめた。
「うん……行こう」
深淵の恵みは、まだ尽きない。
人類史上最大の魔法使いの、収納と希望の物語は、静かに広がっていく。