杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
岩内自衛隊基地の司令室は、連日のように国際電話と特急便で埋め尽くされていた。雪の降りしきる窓の外では、ガンダムとザクが静かに佇み、犬型ゴーレムたちが雪山へ向かう準備をしていた。
トオルのもとに届く手紙や電報は、もはや数え切れない。
パリの三ツ星レストラン「ル・ギド・ブランシュ」のシェフから、ミラノの老舗「トラットリア・デル・ソーレ」のオーナーから、ニューヨークの「ル・ベルナールダン」の料理長から……世界各国の有名店が、直接トオルの元に「食材捕獲の依頼」を送ってくるようになった。
「市場で卸される量では、手に入りません。どうか、直接お作りいただけませんか」
「あばれうしどりの霜降りを、一度でも味わったら、他の牛肉では満足できません」
「ネオトマトの酸味と甘みを知った後、普通のトマトは味気なく感じます」
特に、あばれうしどりと軍隊ガニの需要は、日に日に高まっていた。
イタリアの有名シェフ、ルイジ・ベルナルディは、ミラノの店で記者に囲まれた際、ため息混じりにこう漏らした。
「一度、あばれうしどりの霜降りとネオトマトの味を知ったら……もう、他の牛や鳥やトマトでは満足できない。それほどまでに、美味しいんです」
その言葉は、すぐに世界の食通たちの間で広がり、依頼はさらに殺到した。
トオルは司令室で、手紙の束を前に少し困った顔をした。七歳の少年は、杖くんを抱きしめながら、ぽつりと呟いた。
「みんなが喜ぶなら……僕、採ってあげたいんだけど……」
煉獄杏寿郎三佐が、大きな手でトオルの頭を撫でた。
「うむ! トオルの優しさはわかるぞ! だが、政府としては勘弁してほしいんだ。市場という仕組みがある以上、直接の取引は……混乱を招く」
胡蝶しのぶが優雅に微笑みながら、書類をめくった。
「ふふ……特にあばれうしどりと軍隊ガニは、もう市場価格が暴騰していますわ。直接トオルくんに頼まれたら、市場が成り立たなくなりますもの」
胡蝶カナエが穏やかに頷き、
「あらあら、トオルくんが『みんなが喜ぶなら』って思う気持ちは素敵だけど……少しずつ、みんなに分けられるようにしないとね」
炭治郎が静かに言った。
「トオルくん……僕たちも、みんなが幸せになるようにしたい。でも、ルールは守らないと……」
トオルは少し考えて、優しく頷いた。
「うん……わかった。市場でみんなが買えるように、僕、たくさん採ってくるよ。でも、特別に頼まれた人たちには……少しだけ、いいかな?」
政府は、慎重にルールを設けた。
「トオルくんからの直接提供は、原則禁止。ただし、人道的・文化的な理由で特別に許可する場合に限り、厳格な審査を経て認める」
それでも、世界の有名シェフたちは諦めなかった。パリのシェフは「慈善活動としてなら」と提案し、ニューヨークの料理長は「慈善ディナーで寄付金を全額日本に」と条件を出した。イタリアのルイジ・ベルナルディは、手紙にこう書いた。
「一度でも、あの味を再現したい。それが、私の料理人としての最後の夢です」
トオルは手紙を読み、杖くんを抱きしめた。
「みんな、そんなに喜んでくれるんだ……」
杖くんが耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……あなたの優しさが、世界の舌を虜にしてるわ。でも、市場を守るのも大事よ。少しずつ、みんなに分けられるようにね』
基地の食堂では、今日もダンジョン産の食材が並ぶ。あばれうしどりのステーキ、軍隊ガニの甲羅割り、ネオトマトのサラダ……。
トオルはみんなの笑顔を見て、胸が温かくなった。
「僕、もっと採ってくるよ。みんなが、美味しいって思えるように」
外では、雪が静かに降り続いていた。ガンダムとザクが白く染まり、犬型ゴーレムたちが山へ向かい、エルフの戦士たちがミスリルの刀を手に訓練を続ける。
世界の有名レストランは、市場のわずかな卸しを争いながらも、トオルの優しさにすがるしかなかった。
人類史上最大の魔法使いは、七歳の心で、世界の舌を、静かに虜にし続けていた。
霧の港町は、食の渇望に包まれながらも、トオルの笑顔に守られ、輝き続けていた。