杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~   作:redhot

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杖くんと悪夢の遺体

岩内自衛隊基地の地下研究棟は、昼夜を問わず蛍光灯が白く照らし続けていた。空気は消毒薬と焦げた金属の匂いが混じり、研究者たちの目は血走り、コーヒーの空き缶が山積みになっていた。

ゼノモーフの遺体は、生物学者たちにとって「宝物」だった。

黒く光る外殻は、通常の切削工具では歯が立たない。内側の血管は、酸性の血液――まさに硫酸と同じ成分――を運びながら、決して溶けたり腐食したりしない。目がないのに、獲物を確実に見つけ出す感覚器は、赤外線や熱感知を超えた何かだ。映画だけの存在が、現実に横たわっている。

「これ……本当に生物なのか?」

徹夜続きの研究者が、顕微鏡を覗きながら呟いた。隣の同僚は、コーヒーを一気に飲み干し、震える声で答える。

「映画の監督が作った怪物が……ここにいる。しかも、死体なのに、組織がまだ反応してる。酸の血液を中和する物質を探せば、医療革命だ。感覚器の解析ができれば、暗視装置が不要になる」

研究は連日連夜続いた。解剖台の上で、ゼノモーフの尾が微かに痙攣し、研究者たちは息を飲む。映画では不死身のように描かれたが、現実のそれは倒せば倒せた。ただ、その倒し方が常識外れだっただけだ。

そんな中、世界を震撼させる事件が起きた。

リドリー・スコット――映画『エイリアン』の監督、本人が北海道の自衛隊基地に来日したのだ。46歳の彼は、疲れた顔で基地の門前に立ち、懇願した。

「一度だけでいい。ゼノモーフを見せてほしい。本物を見たいんだ」

日本政府は困惑した。だが、その場にトオルがいた。七歳の少年は、杖くんを抱きながら、優しく首を傾げた。

「リドリーさん……エイリアン、怖かった?」

スコットは膝をつき、トオルの目を見つめた。

「怖かったよ。でも……あれは俺が作った夢だ。現実で生まれたなら、見届ける義務がある」

トオルは少し考えて、笑顔になった。

「うん……一度だけなら、いいよ」

特別に許可された研究棟の奥。厳重な隔離室で、保存されたゼノモーフの遺体が照らされた。黒い外殻がライトに反射し、酸の血がわずかに滴る。

スコットは息を飲み、涙を浮かべた。歓喜の涙だった。

「本物だ……俺の想像が、現実になった……」

彼は遺体に近づき、震える手でガラスに触れた。涙が頰を伝い、床に落ちる。

「ありがとう……坊や」

その姿は、翌日の世界の新聞の一面を飾った。

「『エイリアン』監督、リドリー・スコットが涙――北海道で本物のゼノモーフと対面」

「46歳の巨匠、歓喜の涙。八歳の少年がもたらした奇跡」

写真には、膝をついたスコットと、優しく見守るトオルの小さな姿。背景に、厳重な隔離室のガラス越しに横たわる黒い怪物。

新聞は世界中に配られ、テレビのニュースでも大々的に報じられた。ネットなど存在しない時代、活字と映像がすべてだった。

岩内基地では、トオルが食堂でみんなと一緒にダンジョンサーモンを食べていた。新聞の写真を見ながら、ぽつりと呟く。

「リドリーさん、喜んでくれたみたい……よかった」

杖くんが耳元で優しく囁いた。

『トオルちゃん……あなたの優しさが、映画の夢を、現実の涙に変えたわ』

煉獄が大声で笑い、

「うむ! スコット監督も、トオルに感謝してるぞ!」

しのぶが微笑み、

「ふふ……世界の巨匠が、八歳の少年に涙を流すなんて。素敵ですわね」

カナエが穏やかに、

「あらあら、あの涙……本物の感動ね」

炭治郎が静かに、

「トオルくん……ありがとう。みんなの夢を、現実に繋げてくれて」

トオルはみんなの笑顔を見て、胸が温かくなった。

「僕、もっと採ってくるよ。みんなが、怖がらないように……」

雪の降る岩内は、映画の悪夢を現実にした少年の優しさに、静かに包まれていた。

人類史上最大の魔法使いは、七歳の心で、世界の恐怖と夢を、優しく繋ぎ続けていた。

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