杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
春の気配がようやく基地の外に漂い始めた頃。地下居住区の小さな部屋で、胡蝶カナエと胡蝶しのぶは、いつものようにトオルの夕食の後片付けをしていた。トオルは七歳の小さな体を椅子に座らせ、杖くんを膝に抱えて、二人の背中をじっと見つめていた。
カナエが皿を拭きながら、ふと口を開いた。
「あらあら、またお見合いの話が来たわね。お母さんから電話で、三件も」
しのぶは箸を整理しながら、くすくすと笑った。
「ふふ、私にも二件よ。上司の奥様から『いい方がいるから』って。昭和の自衛隊ですものね、エリートってだけでお見合いが次々来るんですの」
二人は顔を見合わせて、軽く肩をすくめた。どちらも笑顔だったが、どこか諦めとも優しさともつかない表情が混じっていた。
トオルは小さく首を傾げ、ぽつりと呟いた。
「……お見合いって、結婚する話だよね? カナエさんもしのぶさんも、結婚しちゃうの?」
部屋が一瞬、静かになった。
カナエが最初にトオルの元へ歩み寄り、優しく頭を撫でた。穏やかな手が、少年の黒髪を梳く。
「あらあら、トオルくん……寂しくなっちゃう?」
しのぶも隣に座り、もう片方の手でトオルの頰を優しく包んだ。蝶の髪飾りが、柔らかく揺れる。
「ふふ……お見合いの話は、確かにたくさん来るわ。でも、私たち、全部断ってるのよ」
トオルは目を丸くした。
「どうして……? カナエさんもしのぶさんも、きれいで優しくて、結婚したら幸せになれるのに……」
カナエはトオルの手を握り、静かに言った。
「トオルくんのお世話があるからよ。基地で一緒に暮らして、勉強を教えて、ご飯を作って、夜は一緒に寝て……そんな毎日が、私たちにとっては一番大事なの」
しのぶが優しく続ける。
「結婚なんて、いつかでいいわ。今は、トオルくんが一番よ。あなたが笑顔でいてくれるなら、それで十分」
トオルは二人の手を見つめ、ゆっくりと頷いた。七歳の瞳が、少し潤んでいる。
「……寂しいけど……カナエさんもしのぶさんの幸せ、僕、願ってるよ。いつか、いい人見つけて、結婚して……家族ができたら、僕も遊びに行きたいな」
二人は同時にトオルの頭を抱き寄せた。カナエの柔らかな胸に、しのぶの優しい腕に、トオルはそっと包まれる。
カナエが耳元で囁く。
「ありがとう、トオルくん。そんなこと言ってくれるなんて……本当にいい子ね」
しのぶがくすくすと笑いながら、
「ふふ……いつか、ね。でも今は、私たち、トオルくんと一緒にいるわ。それが、私たちの幸せよ」
トオルは二人の温もりに頰を寄せ、杖くんをぎゅっと握った。
「うん……僕も、みんなと一緒にいたいよ」
部屋の外では、雪が静かに降り続いていた。ガンダムとザクが広場に立ち、犬型ゴーレムたちが山を守り、エルフの戦士たちが訓練を続ける。
胡蝶姉妹は、両親からの「お見合いの話がまた来たわよ」という連絡を、優しく断り続けていた。
「今は、まだ……トオルくんと一緒にいたいんです」
二人の選択は、静かで、しかし確かだった。
トオルは二人の腕の中で、穏やかに目を閉じた。
「カナエさん、しのぶさん……大好きだよ」
姉妹は、優しく微笑みながら、少年の頭を撫で続けた。
人類史上最大の魔法使いは、七歳の心で、二人の姉妹の幸せを、静かに願っていた。
霧の港町は、家族のような温もりに包まれながら、静かに息づいていた。