杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
岩内自衛隊基地の司令室は、連日のように国際電話と暗号電報で埋め尽くされていた。外務省から送られてくる要請書類の山は、すでに机を覆い隠し、職員たちは徹夜で対応に追われていた。
世界各国は、ダンジョンに現れるモンスターの情報を共有していた。危険度、可食かどうか、鱗や皮の加工可能性、血や骨の研究価値……トオルが提出した詳細な資料と、競りに出される竜種の遺体写真が、主要な情報源となっていた。
だが、実際にモンスターと戦った経験を持つ国は極めて少ない。ほとんどの国の軍隊は「対人戦」が専門で、異世界の怪物相手の戦術など持ち合わせていない。アメリカもソ連も、ヨーロッパ各国も、中国も――皆、トオルの資料と映像を何度も繰り返し見ながら、頭を抱えていた。
「これが……現実の敵か」
ペンタゴンの会議室では、将軍がため息をついた。
「ジェイソン、レザーフェイス、ゼノモーフ、ティガレックス……既存の戦術では通用しない。トオルくんの講義を受けたい」
モスクワの国防省でも、同じ声が上がっていた。
「資料だけでは足りない。実際の戦い方を学びたい。トオルくんの講習を、日本に要請しろ」
フランス、イギリス、西ドイツ、イタリア……。要請は雪崩のように外務省に殺到した。数え切れないほどの国が、「トオルのダンジョン講義を受けたい」と日本政府に正式に申し入れてきた。
外務省は四苦八苦していた。
「どの国を一番最初にするか……」
大臣室では、連日のように会議が繰り返された。与党も野党も、優先順位を巡って激論を交わす。
「アメリカは同盟国だが、ソ連も無視できない。ヨーロッパ各国も……」
「中国やアジア諸国も待っている。順番を間違えれば外交問題になる」
トオルは、そんな世界の動きなど知らずに、基地の広場でライトセーバーの訓練を続けていた。青白い刃が雪を溶かし、エルフの子供たちが歓声を上げる。
「みんな、もっと強くなろうね」
胡蝶しのぶが微笑みながら、外務省からの報告書を手に、
「ふふ……世界中がトオルくんの講義を待ってるんですのよ。外務省さん、大変そうですわ」
胡蝶カナエが穏やかに頷き、
「あらあら、どの国を先に呼ぶかで会議が続いてるみたいね。でも、トオルくんはいつものように、優しく教えてくれるんでしょう?」
トオルは首を傾げて、杖くんを抱きしめた。
「僕、みんなに教えてあげたいよ。ダンジョンの怖いところ、ちゃんと知ってほしいから……」
杖くんが耳元で優しく囁いた。
『トオルちゃん……世界中の国が、あなたの言葉を待ってるわ。あなたの優しさが、みんなを強くするのよ』
基地の外では、雪解けの風が吹き始めていた。ガンダムとザクが広場に立ち、犬型ゴーレムたちが山を守り、エルフの戦士たちが訓練を続ける。
外務省の会議室では、まだ優先順位の議論が続いていた。
「まずはアメリカ、次にソ連……いや、まずは国連加盟国全体に……」
トオルは、そんな大人の悩みなど知らずに、ただ「みんなが安全になるように」と、講義の準備を始めていた。
人類史上最大の魔法使いは、七歳の心で、世界の渇望を、静かに受け止め続けていた。
霧の港町は、少年の教えを待つ世界の視線に包まれながら、静かに輝き続けていた。