杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~ 作:redhot
アメリカ軍の特殊部隊訓練施設、バージニア州のフォート・ブラッグ。
空調の効いた広い部屋に、デルタフォース、グリーンベレー、ネイビーシールズなどが整列して座っている。皆、戦闘服姿で背筋を伸ばし、前の壇上に立つ八歳の少年をじっと見つめていた。
壇上には簡易なホワイトボードと、トオルが自分で描いたカラフルな図解が貼られている。
少年の隣には銀髪の美しい女性(杖くん=レディ・アヴァロン)が優雅に立ち、少し後ろに金髪のエルフ少女コッコロが控えている。
トオルはマイクを両手で握り、少し緊張しながらもはっきりとした声で話し始めた。
七歳の子どもなのに、敬語で丁寧に、大人たちに向かって語りかける。
「みなさん、こんにちは。佐藤トオルです。今日は、ダンジョンの一番浅い階層、1階から10階でよく出会うモンスターについて、お話しします。みんなが怪我をしないように、ちゃんと知っておいてほしいです……」
少年はホワイトボードの最初の図を指した。
そこには、トオルの身長と同じくらいの緑色の小鬼が描かれている。
「まず、ゴブリンです。背丈は僕と同じくらいで、子どもぐらいの体型です。力も子どもぐらいしかありません。考えることはほとんどなくて、ただお腹がすいたら食べたい、欲しいものは取る、という欲望に忠実です。仲間同士で連携したり作戦を立てたりはしません。だから一対一なら、みなさんのほうが絶対に勝てます」
トオルは少し間を置いて、続けた。
「でも……統率する存在がいると、急に危険になります。上位種のホブゴブリンです」
次の図には、身長二メートル近い筋肉質のゴブリンが描かれている。棍棒を握り、ゴブリンたちを引き連れている。
「ホブゴブリンは力が成人男性の倍以上あります。ゴブリンと同じく欲望に忠実ですが、馬鹿ではありません。武器の使い方を知っていますし、簡単な作戦も立てられます。連れているゴブリンの数は二匹から十匹くらいです。拳銃でも殺せますが、頭や目などの急所に何発も当てないと致命傷になりません。胴体に当たっても、すぐに倒れません」
コッコロが静かに前に出て、補足した。
穏やかで丁寧な声が、講堂に響く。
「ホブゴブリンがいる群れは、ゴブリンたちをうまく使います。私たちエルフが隠れ里で暮らしていた頃も、よく襲われました。ホブゴブリンが指示を出して、ゴブリンたちが囮になったり、横から回り込んだり……とても厄介でした」
トオルは頷き、次の図を指した。
今度は小さなゴブリンが炎の玉を投げている絵。
「次はゴブリンシャーマンです。背丈は僕と同じくらいで、力も子ども程度です。でも、火球の魔法が使えます。知能は人間と同じくらいあります。シャーマンがいる群れは、罠を使うようになります。落とし穴を掘ったり、木の枝で隠し扉を作ったり……火球は、直撃したら人間は即死します。耐火装備をしていないと、とても危険です」
コッコロがまた補足する。
「シャーマンがいる集団は、たいていホブゴブリンが複数います。シャーマンが後ろから火球を撃ち、ホブゴブリンが前で受け止める……そういう戦い方をします。私たちも、シャーマンがいるときはいつも逃げるしかありませんでした」
トオルはさらに変わり種の図を貼り出した。
「あと、変わったゴブリンもいます。狼に乗ったゴブリンライダーとか、粗末な船で海から襲ってくるゴブリンパイレーツとか……。ライダーは速くて、船のやつらは水の上から攻撃してきます。どちらも、普通のゴブリンよりずっと厄介です」
少年は最後に、深く頭を下げた。
「みなさんがダンジョンで戦うとき、絶対に無理をしないでください。僕も召喚獣の皆さんも、みんなを守りたいです。怪我をしたら……悲しいから」
講堂に、静かな拍手が起こった。
デルタフォースの隊長が立ち上がり、敬礼した。
「ありがとう、トオルくん。君の話は、俺たちの命を救う。必ず覚えておく」
SEALsの隊員も、静かに頷いた。
「一対一なら勝てる。でも群れは別物だ……よくわかった」
トオルは照れくさそうに笑い、杖くんを抱きしめた。
「みんな、がんばってね。僕も、もっと勉強して、もっと教えてあげるよ」
コッコロが優しくトオルの背中を撫で、微笑んだ。
「トオル様……立派でした」
講義は終了し、特殊部隊員たちはそれぞれのノートに、トオルの図解を丁寧に書き写していた。
基地の外では、夏の陽光が雪解けの水面を照らし、ガンダムとザクの巨体が静かに丘を見下ろしていた。
人類史上最大の魔法使いは、七歳の心で、世界の精鋭たちに、静かに知識を分け与え続けていた。
霧の港町は、少年の教えに耳を傾けながら、輝き続けていた。