杖くんと七歳の魔法使い ~深淵から帰還した少年は、今日もみんなの笑顔を守る~   作:redhot

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杖くんと七歳の異常

自衛隊基地の地下会議室は、蛍光灯の白い光と鉄の匂いが重く淀んでいた。壁には昭和の地図が貼られ、灰皿には吸い殻が山積み。長テーブルを囲むのは、煉獄杏寿郎三佐と、胡蝶しのぶ一尉、そして胡蝶カナエ二尉の三人だけだった。窓は厚い防音ガラスで、外の霧も音も遮断されている。

杏寿郎は腕を組んだまま、炎のように赤い制服の胸を張り、大きく息を吐いた。

「うむ! 改めて報告するが、トオルの身体は七歳児のそれではない。骨格の硬度が、すでに61式戦車の装甲鋼板を上回っている。医務室のレントゲンでは、通常の骨密度計が限界を超えてエラーを吐いたそうだ。筋肉密度も、特殊部隊の訓練兵を軽く凌駕する。150階という、人類未踏の深淵から生還した影響か……」

しのぶは白衣の裾を優雅に直し、いつもの蝶のような微笑みを浮かべた。声は柔らかく、しかし言葉の端々に鋭い光が宿る。

「ふふ、杏寿郎さんのおっしゃる通りですわ。身体能力だけではありません。知能面も異常です。大学を出たばかりの分析官が一度説明したダンジョン生態系の分類を、トオルくんは一言も聞き漏らさず、しかも即座に応用して新しい魔法式を編み出していました。あの子の頭の中は、まるで図書館です。魔法という未知の技術が使える影響……それとも、元々備わっていた才能が、深淵で開花したのかしら」

カナエは隣で、穏やかな笑みを崩さずに頷いた。姉らしい柔らかな声で、しかし真剣に。

「あらあら、本当に不思議な子よね。温和で温厚。こちらの指示には素直に従ってくれるから、手がかかることはないの。むしろ炭治郎くんたちの方が、毎日のように『トオルくんを危ない場所に連れて行かないでください』って心配してくるくらい。善逸くんは冷静にデータをまとめようとするのに、伊之助くんが『もっと深い階層へ!』って張り切っちゃうんだもの」

杏寿郎が拳をテーブルに軽く叩いた。音は小さく、しかし力強い。

「うむ! そこが問題だ。身体も頭も、人類の範疇を超えている。だが、精神状態が……普通すぎる。非日常の極限から帰還した七歳児が、毎朝笑顔で『今日も探索行ってくるね』と言う。悪夢も見ない。フラッシュバックもない。子供なら、少なくとも夜泣きや無口になるはずだというのに……これが異常と言えば異常だろう」

しのぶの微笑みが、わずかに深くなった。指先でメモ帳の端を軽く叩きながら。

「ええ。私もそう思いますわ。精神科の専門医を呼ぶべきです。信頼のおける方――基地の外から、機密保持誓約を結んだ精神科医を。トオルくんは確かに優しくて、従順です。でも、あの平穏は……むしろ危うい。心の奥底で何かが抑え込まれているのかもしれません。150階で見たもの、殺したもの、祈ったもの……すべてを、七歳の心が『普通』として受け止めているとしたら」

カナエが静かに手を重ね、姉の言葉を継いだ。

「そうね。炭治郎くんたちも心配しているわ。『トオルくんは笑ってるけど、本当は一人で戦ってるんじゃないか』って。診察だけでも、早めにしておいた方がいいと思うの。トオルくんは家族ともまだ会えていない。秘匿されている身で、あの子の心だけは守ってあげたい……」

杏寿郎は大きく頷き、炎のような瞳を細めた。

「了解だ! 俺が上層部に進言する。専門医を呼ぶ。トオルは人類史上最大の魔法使いになるかもしれないが、同時にまだ七歳の少年だ。身体も頭も超人でも、心だけは……守らねばならん!」

三人は同時に立ち上がった。会議室の空気が、わずかに重く、そして決意に満ちた。

外の廊下では、トオルが杖くんを握り、ポポの囲いに向かう小さな背中が見えた。笑顔は変わらない。温和で、温厚で。

だが、会議室の三人は知っていた。

その笑顔の裏側に、150階の闇が静かに息づいていることを。

杖くんはトオルの耳元で、誰にも聞こえない声で囁いた。

『トオルちゃん……大丈夫よ。私がついてるわ』

少年は振り返りもせず、ただ小さく頷いた。

深淵の帰還者は、まだ何も知らないまま。

しかし、自衛隊の大人たちは、静かに動き始めていた。

七歳の超人と、七歳の心。

その狭間で、人類史上最大の魔法使いの物語は、静かに次の頁をめくる。

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