ナスカ級高速戦闘艦ヴェサリウス
その艦内では中立国オーブの資源衛星コロニー『ヘリオポリス』への潜入作戦の準備が行われていた。そのブリッジではこの部隊を率いるラウ・ル・クルーゼが副官のフレデリック・アデスと進捗を見守っていた。
「しかし、よろしいのですか?評議会の返答を待ってからでも」
「遅いな。私の勘がそう告げている。ここで見過ごさばその代価、いずれ我らの命で支払わねばならなくなるぞ。地球軍の新型機動兵器、あそこから運び出される前に奪取する」
クルーゼの決定にアデスは副官として自身の考えを飲み込み、作戦の為に頭を完全に切り替えた。
ビービー ビービー ビービー ビービー
鳴り響く警報。明かりが消え非常灯に切り替わる。それは艦が重大なダメージを負った事を意味した。
「どうした!?」
「イッ、インジェクションアタックです!!ガモフもアタックをかけられています!両艦共にシステムの30%以上が既に乗っ取られている模様!!」
「なんだと!?何をモタモタしている、早く対処しろ!!」
「相手の処理能力が異常なんです!!カウンターも尽く潰され、もう両艦が完全に乗っ取られます!!」
オペレーターの報告直後、警報が止みモニターにデフォルメされた青いキツネのアバターが映し出された。
『御機嫌よう、ザフトの諸君。俺はモグワイ。今あんたらの艦を乗っ取った者だ』
「ふむ、何か我々に求める物があるのかね?」
ブリッジ要員が非現実的な状況に呆然とする中、クルーゼは冷静に思考を回し言葉を紡ぐ。
『話が早い。ま、簡単だ。あんた等を見逃す代わりにヘリオポリスに手出しをしないで貰いたいのさ』
「ほう、ヘリオポリスだけかね」
クルーゼはモグワイの意図を直ぐに読み取る。
「しかし、あそこでは連合軍のMS開発が行われている。我々はそれを無視する事は出来ん」
『それなら代わりに連合軍のMSの詳細な各種データをくれてやるよ。それにシステムを一度完全に乗っ取られているんだ。この後システム周りのチェックの為に基地に行かなければならないだろ?』
モグワイの言葉にクルーゼの口端が一瞬僅かに動く。自分たちを積極的に消すつもりが無いことは、艦を直ぐ様自爆させない事から気が付いている。かと言ってシステムを完全に元に戻すとはならないだろう。取引を反故にした際の保険は残していくだろうし、そんな状態で作戦を行うほどクルーゼは愚かではない。
「···いいだろう、取引に乗ろうじゃないか」
マルセイユⅢ世級
そのブリッジではムウ・ラ・フラガと艦長が中央のレーダーの立体画面に目を向けていた。そこには、トレースしていたザフト艦2隻がヘリオポリスから離れていく様子が映し出されていた。
「どうやら奴らも諦めたようだな」
そう言って笑みを浮かべる艦長とは対照的にムウの表情は晴れない。
「どうした?」
「いえ、ザフトの動きが妙に解せないと言いますか···」
「ふむ、アークエンジェルが出航した出鼻を狙った、見せかけの撤退だと貴様は考えているのか?」
「それも違うと思われます。プライドも高い奴らがそんな作戦をとるでしょうか?」
「それもそうだな。とすると連中が潜んでいた中域で何かがあったと考えて良さそうだな。ヘリオポリスに伝えておこう。そうすれば何か分かるかもしれん」
「だといいのですが···」
一番近いザフト基地に向かう道中、ヴェサリウス内の空気は最悪だった。正体不明の敵に慈悲を与えられ、それに乗っかってオメオメと逃げ出したのだ。プライドの高いコーディネイター達にとって屈辱以外ない。
「良かったのですか?隊長」
「仕方あるまい。ここで我々が出来ることは、ヤツが送ってきたGのデータを持ち帰る事だ」
「ならばせめて長距離通信で本国に部隊の派遣を要請しましょう」
「無駄だな」
「え?」
困惑するアデスを尻目にクルーゼは通信士に声をかける。
「どうだね?」
「駄目です。通信系システムを無茶苦茶にされた上に、バックアップも綺麗に消されています。ガモフとの通信は辛うじて出来ていますが、別行動は避けるべきです。幸い識別コードは生きてますから基地に近づいたら即座に撃沈される、なんて心配はせずに済みますが」
「ふむ、これではますます情報を伝えるのが遅れてしまうな。基地に着く前にヘリオポリスにいる連合の予想進路を作成しておけ。手土産は多く用意しておかなければな」
同じ艦内の待機室ではモビルスーツパイロット達が受けた屈辱に憤りを抱いていた。なかでもザフトレッドで好戦的なイザーク・ジュールとディアッカ・エルスマンは歯噛みするほどで、逆にアスラン・ザラは何か考え込んでしまっており、ニコル・アマルフィを心配させていた。
「クソっ、ナチュラル共め!」
「艦のシステムを乗っ取られるなんて、何やってたんだブリッジの連中は!」
「···」
「どうしたんです?アスラン」
「いや、何でシステムを乗っ取ったヤツは俺たちを生かしたんだろうな」
「それは···」
アスランの疑問に室内は静かになる。
「ブリッジ要員の一人に聞いたんだが艦内のシステムは完全に乗っ取らていて、乗員のデータも丸裸だったらしい。自分で言うのもあれだが、俺は捕虜にする価値は高い。そう考えると今回の敵は連合だったんだろうか?」
「第三勢力が存在すると、アスランは考えているのですか?」
「分からない···」
いつもなら噛みついていくイザークとディアッカも今回の敵の不気味さに口閉するしかなかった。
ヘリオポリスから離れていくザフト艦2隻を見送りながら、俺はモグワイと念話を繋げる。
『結果はどうだった?』
『完璧に決まってるだろ?通信関係にも短距離通信しか出来ないよう細工をしておいた。これで奴さん、代わりの部隊を寄越すのに時間がかかる。その頃にはアークエンジェルは出航してるだろうよ』
『上出来だ』
『でも良かったのかよ?連中にGのデータなんてやっちまって』
『いいんだよ、ザフトで新型のロールアウトが早まれば連合の戦力を削ってくれる』
今一番オーブを攻める理由があるのは連合だ。ヘリオポリスはオーブのコロニーである為、本国が連合に攻め滅ぼされるとヤバい。ザフトは少数精鋭の為対処がしやすいが連合はとにかく数が凄まじい。負けはしないが労力は割かれてしまう。
『そろそろ戻らないと不味いんじゃないか?』
モグワイの言葉で時間がかなり経っている事に気が付き慌てて魔術を使いコロニー内のカレッジに転移した。
コロニー内はザフトが侵入作戦を行おうとした等と知る由もなく、平和な日常を送る人々で賑わっていた。俺はカレッジの建物の影で魔術での除染を手早く済ませ、緑したたる中庭に出る。カレッジの学生たちで賑わうその一角にある東屋に家族の姿を見つけ、近づいた。
「キラ」
「兄さん」
俺を兄と呼ぶ家族の名前は『キラ・ヤマト』。本来ならばこれから戦乱に巻き込まれる物語の主人公であった少年と同じ名を持つ、ダークブラウンのシャギーボブと紫色の瞳が特徴の中性的で柔和な雰囲気がある優しい
隣に座り、彼女の手にあるタブレットを覗き見る。そこに映し出されているキャスターは華南が侵攻されている事を伝えていた。
「華南か···、本国が近いな」
「でも、オーブは中立だし···」
「そんな事を気にするほど、連合もプラントも理性が残っちゃいない。戦争に巻き込まれるかもしれないと、頭の端に入れといたほうがいいぞ。いざって時に動けるからな。ま、安心しろ。お前やオヤジ、オフクロは俺が守る」
そう言って俺はキラの頭を撫でる。触り心地のいい髪を、彼女は人懐っこいイヌの様に押し付けてくる。ザフトへの対処もあって荒んでいた俺の心が癒される。ああ、安心させるつもりが逆に癒される事となるとは。俺の妹が世界最強に可愛いんだが?
「よっ!ま〜たイチャついてんのか?」
「こら、トール!邪魔したら駄目じゃない!」
そこに声をかけてきたのは友人のトール・ケーニヒ。咎めたのはトールの彼女のミリアリア・ハウだ。
「ト、トール!?イチャついてなんて」
「よ、お二人さん。トール、お前にその手の話に関しては言われたかない。それにこれは仲のいい兄妹じゃ普通のスキンシップだろ?」
キラは年頃の女の子として兄に甘えていたところを見られ、茶化されたのが恥ずかしいのか反論する。俺も兄として不健全な事はしていないと援護射撃するも、何故か空気が凍りついた。特に俯いて顔が見えないキラが何故か怖い。
「あ、あははは。···ちょっとキラ、こっち」
「うん···」
「···まあ、うん。あれだ···うん···」
「?」
ミリアリアがキラを連れて離れ、トールは何とも言えないと言わんばかりの顔で見てくる。しかし、少ししてから怪訝そうな顔で口を開いた。
「なあ、ミゼン。お前、何かあったか?」
「っ、別にそんな事無いぞ。どうした?いきなり」
「いや、何となくな。それにここ最近ちゃんと寝れてるか?何かちょっと疲れてね?」
どうやら計画で色々動いている中で、今回のザフト襲撃を対処した事で知らず知らずのうちに気疲れが顔に出ていた様だ。キラにバレなかったのはアイツの前では取り繕えてたって事か。トールの反応を見る限り、何となくそんな感じがするっというレベルの話なのだろうが。
「大丈夫、ちょっとカトウ教授の件でピリついてるだけだ」
「ああ、あれか?キラに出された特別課題のヤツ。お前内容見てからブチギレて、教授の胸ぐらつかみ上げてたもんな」
「おかげでカレッジ内じゃキラやトール達以外から腫れ物扱いだ」
「ははは···、でもそんなにヤバいのか?アレ」
「学生にやらせる様な内容じゃねえな。俺が仲間内にも話してない事で察しがつくだろ?」
「···知るだけでもマズイって事だろ?それ以上は考えない様にしてる(あれ?まさかそれでカトウ教授をっていうかカレッジ、更に言うならモルゲンレーテを警戒して色々動いているのか?俺等やキラ、もしかしたら親御さんにも気取られない様にしつつ?それで疲れてんのか···ってその時にキラが自分の気持ちに気が付いてミリィやフレイからアドバイスもらって色々アタックし始めたよな?疲れや警戒もあってキラのアレコレに気が付いていなんじゃ···)···キラ、ドンマイ」
「キラがどうかしたのか?」
「いや、アイツも大変だね〜って話。ミリィ、聞いてくれよ!」
「? よくわからん」
俺はトールがキラとミリィの方に向かうのを見送りながらあの時の事を思い出す。カトウの野郎、学生で未成年のキラにMSのOSの解析をやらせようとはな。原作のキラ・ヤマトがストライクのOSをあんだけ早く書き換えられた訳だ。事前知識は既にあったって訳ね。因みにカトウには、とある方法でキラが利用されないように記憶や思考に細工をしてある。一応モグワイにモルゲンレーテの監視をしてもらっているが今のところ動きはない。どうも学生であるキラにOS解析をさせることはカトウの独断だったようだし。
どうもトールから何か聞いたからか、俺が思考を現実に戻した時にはキラの機嫌は直っていた。ただ、俺に向ける目に罪悪感や感謝の念が浮かんでいる他、ヤケに視線が熱いような?そんな疑念を抱きつつ4人でレンタルエレカポートに向う。
「だからぁ、そういうんじゃないってばーっ」
進行方向から華やいだ嬌声が上がる。キラとミリアリアの親友であるフレイ・アルスターと彼女の学友達だった。
「あ、ミリアリアにキラ!ねえ、あんた達なら知ってるんじゃない?」
「もうっ、やめてってばぁ!」
フレイが叫ぶも学友達は取り合わない。
「この子ね、サイ・アーガイルから手紙をもらったの!なのに『なんでもない』って話してくんないんだよーっ」
「「ええ〜っ!?」」
キラとミリアリアが素っ頓狂な声を上げる。このまま続けさせて上げたいが、後ろの不機嫌な招かれざる客人のお声掛けは遠慮したかった為、手を叩いて彼女らの注意を引いた。
「ほら、後ろにエレカーを待ってる他の人もいるから、おしゃべりを続けるなら道を譲れよ〜」
「あ、すいません。お先にどうぞ!」
俺の声かけでトールも気が付いたようでエレカーを譲る。
「あ、ああ、ありがとう」
そう言って先頭の女は後ろの男二人を引き連れてエレカーに乗り込んだ。
「さっさと出てってくれないと、消しちまうぜ大天使さん」
出発したエレカに誰にも聞こえない声量でそう投げかけた。
ミゼン達に譲られてエレカーに乗り込んだ3人組の1人であるナタル・バジルールは、難しい顔をしながら思考に没頭していた。
「···どうしたんです?」
「いや、先ほど後ろにいた私達に気が付いた学生が気になってな」
「···スパイ、ですかね?」
「分からん。分からないが、あの目···」
コーディネイターであろう恐ろしく整った顔立ちに金髪の少年。彼のこちらを見透かした様な紅い目に、ナタルは言いようの無い恐ろしさを感じていた。
(カレッジの学生の様だが、スパイにしては目立ちすぎる。考えすぎか?)
ナタルの悩みをよそに、エレカーは目的地である鉱山部へ続くセンターシャフトへ向かっていった。
C.E.71年1月26日
アークエンジェルは無事、秘密裏にヘリオポリスを出航した。