継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、十一本目の違和感である。

ある男が私の前に現れ、「死んだ友人から、メールが来た」と言った。亡くなった人間からメールは来ない——誰でもそう思う。私も、最初はそう思った。

私は彼の話を、そのまま記録する。。


第十一話:最後のメール

十月の終わりに、彼は友人の遺品整理を手伝った。

友人の名前は、坂本という。三十四歳。七月に、交差点の事故で死んだ。運転していたのは坂本ではなかった。坂本は自転車で信号を待っていた。それだけのことだった。

彼は告別式にも四十九日にも出た。坂本の母親とは以前から顔を合わせる機会があった。「息子の友達は来てくれるから」と、遺品整理も頼まれた。それを断れる理由がなかった。

遺品の段ボールを積み終えたとき、坂本の母親が古いアルバムを渡してきた。「あなたの写真も入ってたから」と言いながら、目を合わせなかった。受け取るとき、母親の手が少し震えていた。彼は気づいていたが、何も言わなかった。

アルバムには、大学時代の写真が入っていた。二十歳の坂本が笑っている。その隣で、同じように笑っている自分がいる。

彼はそれを自宅に持ち帰り、机の引き出しにしまった。見ていると、声をかけてしまいそうな気がしたからだった。

部屋の棚には、坂本の母親からもらった白菊が一束あった。水を換えていなかった。茎の先が、もう茶色くなっていた。捨てようと思って、捨てられなかった日が三日続いていた。

────────────────

十一月の最初の水曜日、会社から帰ると部屋が冷えていた。

暖房をつけ、コートを脱ぎ、スマートフォンを充電器に差した。

コンビニで買ってきた夕食をテーブルに置いた。袋を開けずに、まずシャワーを浴びようと立ち上がりかけた。

その瞬間——画面に通知が光った。

差出人の名前を見て、彼は動きを止めた。

「坂本健」

────────────────

ロック画面には、メールの冒頭の数行が表示されていた。

《今日は午後から雨になったな。朝は曇りで、傘を持っていくか迷ったろ》

今日の天気の話だった。

彼はアプリを開いた。本文を読んだ。

朝の曇り空、昼過ぎから降り始めた雨——全て正確だった。自分が今日経験した天気と、一字も違わなかった。

次に、昼休みに起きた出来事が書かれていた。自動販売機の前で同僚の西田と話したこと。西田が来月結婚すると言ったこと。

西田が結婚の話をしたのは今日の昼だ。坂本が死んだのは七月だ。

「予約送信だ」

声に出した。

送信日時を確認した。今日の17時32分。坂本のスマートフォンは先月、彼自身がキャリアショップへ持ち込み、解約の手続きをして、物理的に回収されるのを見届けていた。その日の帰り道のことを、今でも細かく覚えていた。

それ以上に——坂本が死んだ後に決まった西田の結婚を、生前に書かれた予約送信が予言できるはずがなかった。

分かっていた。全部、分かっていた。それでも「予約送信だ」と言い続けた。そう思わなければ、立っていられなかった。

それでも彼はメールを読み続けた。今日の天気。昼休みの西田との会話。コンビニのおにぎりの種類。電車の遅延。駅のホームで傘が隣の人と当たったこと。

そのどれもが、正確だった。

正確であるたびに、「予約送信だ」という言葉が薄くなっていった。最後には声にもならなかった。

読み進めるうちに、手が動かなくなった。

ひとつひとつが事実だった。天気は事実だ。西田の結婚も事実だ。コンビニのおにぎりも、電車の遅延も、傘のぶつかりも——全部、今日起きた、彼だけが知っている事実だった。誰にも話していない。SNSにも書いていない。坂本が知り得る方法が、一つもなかった。

それでも坂本は知っていた。

坂本とは十二年の付き合いだった。大学で同じゼミに入り、社会人になってからも年に数回は会っていた。最後に会ったのは、事故の二週間前だった。居酒屋で二時間ほど飲んで、駅で別れた。「またな」と言った。坂本も「またな」と言った。それが最後だった。

メールの文体は、坂本の話し方そのままだった。句読点の使い方も、括弧の入れ方も。

────────────────

最後まで読んで、彼は画面を閉じようとした。

だが、もう一行あった。

《お前、最近眠れてないだろ。顔色が悪い。あと菊、枯れてるぞ。水くらい替えてやれ》

彼はそこで読むのをやめた。

——そのはずだった。

指が、勝手にスクロールした。

《……来いよ。久しぶりに、顔見せろ》

それが、最後だった。

テーブルの上のコンビニの袋は、まだ開けていなかった。

坂本が「来い」と書いたとき、どんな気持ちで書いたのだろうと彼は思った。冗談のつもりだったのか。それとも、本当に呼んでいるのか。どちらとも取れる言い方だった。それが坂本らしかった。深刻なことを軽く言う。軽いことをたまに深刻に言う。十二年でそれを知っていたから、余計に分からなかった。暖房が効き始めて、部屋が少しずつ温まっていた。白菊の茎が、棚の水の中で曲がっていた。

────────────────

彼はスマートフォンをテーブルに置いた。

暖房の稼働音だけが聞こえていた。

「あれは予約送信だったと思う」と彼は言った。「坂本が生前に、何か仕掛けたんだと思う」

「メールの内容については?」と私は聞いた。

しばらく間があった。

「……分からない」

「そのメールを、今も保存していますか」と私は聞いた。

「消せなかった」と彼は言った。「消しても来る気がして」

「もう一度だけ読み返しましたか」と私は聞いた。

「読みました」と彼は言った。「何度も」

「その都度、同じ内容でしたか」

「同じでした。一字も変わらなかった」

変わらなかったことへの安堵と、変わらなかったことへの恐怖が、どちらも本物だったと彼は言った。

「メールはそれ以降も来ましたか」

「来てほしくなかった」と彼は言った。「来てほしかった。どちらも、本当のことだと思う」

コーヒーカップを両手で包み込むようにして、彼は俯いた。

私はそれ以上聞かなかった。聞けることが残っていないような気がした。記録として必要な情報は揃っていた。それでも、もう少しだけ、この場が続いてほしいと感じた。そう感じること自体が、珍しかった。

「メールは、今夜も来ると思いますか」と最後に聞いた。

彼はしばらく何も言わなかった。コーヒーカップの縁を指で触れて、また離した。

「分かりません」と言った。「でも、菊の水は替えました。帰ってから」

それだけ言って、彼は立ち上がった。

残りは八十九本。

私はその夜、記録を書き終えてから——自分の受信トレイを、一度だけ確認した。

未読が、一件あった。

差出人の名前は——




この話を読んだ後、
見知った名前の通知が届くたびに少しだけ身構えてしまったなら——
それがこの怪談の成功です。

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