継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、十二本目の違和感である。

ある女性が私の前に現れ、「誰もいないのに、インターホンが鳴る」と言った。それだけなら珍しい話ではない。問題は、その後に聞こえる足音だった。

私は彼女の話を、そのまま記録する。


第十二話:見えない来客

引っ越して三ヶ月になる。

ワンルームのマンション。五階建ての四階。築十二年。駅から徒歩八分。家賃は相場よりやや安かったが、理由は聞かなかった。不動産屋は何も言わなかった。

一人暮らしに慣れた頃だった。

夜は決まって遅い。仕事を終えて帰宅するのが二十二時過ぎ。コンビニの弁当を温め、テレビをつけ、ソファに座る。テレビの内容はほとんど頭に入らない。弁当を食べ終えると、ぬるくなった缶コーヒーを飲みながら、スマートフォンをいじる。

それが毎晩の流れだった。

休日も外に出ることが少なかった。休みの日に誰かと会う約束を入れない週が続いていた。それが苦痛かというと、そうでもなかった。ただの習慣だった。

この部屋に越してきてから、誰かを招いたことはない。宅配便の受け取りを除けば、玄関を開けた記憶がほとんどなかった。それでも不便を感じなかった。必要なものはオンラインで届く。人と会うには外へ出ればいい。帰れば、部屋は静かに待っている。

その静けさが、当たり前だった。

最初に鳴ったのは、火曜日の二十三時十七分だった。

────────────────

インターホンの音は短かった。ピンポン、と一回。

彼女はモニターを見た。玄関の外に設置されたカメラが映す画面には、誰もいなかった。

廊下の蛍光灯に照らされたコンクリートの床。隣の部屋のドア。それだけだった。

「いたずらだと思いました」

彼女はそう言った。マンションの低層階なら、子供のいたずらということもある。だが四階だ。エレベーターか階段を使わなければ来られない。わざわざ四階まで上がって、ピンポンダッシュをする理由が分からない。

彼女はモニターを消し、ソファに戻った。

テレビからはバラエティ番組の笑い声が流れていた。缶コーヒーの底に、残りが少しだけあった。

その夜は特に何も起きなかった。翌朝、廊下に出て確認した。異常はなかった。隣室のドアは閉まっていた。上の階から物音もしなかった。いたずらだったと結論づけた。そのまま忘れた。忘れようとした、というより、気にする理由がなかった。

────────────────

二度目は、翌週の火曜日だった。

二十三時十七分。同じ時刻。

ピンポン、と一回。

モニターを見る。誰もいない。前回と全く同じだった。

ただし、一つだけ違うことがあった。

モニターを消して、ソファに戻ろうとしたとき——廊下から足音が聞こえた。

玄関ドアの向こうではない。

部屋の中の廊下だ。

玄関からリビングへ続く、三歩分の短い廊下。そこを、何かが歩いた。

足音だと認識するまでに、少し時間がかかった。最初は、上の階の音か、隣室の音だと思った。しかしそれにしては近すぎた。壁の向こうでも天井でもなく——自分の部屋の中から聞こえていた。

彼女はリビングの入り口を見た。

誰もいなかった。

足音は、もう止まっていた。

玄関まで確認しに行った。鍵は閉まっていた。チェーンも、かけたままだった。窓も施錠されていた。侵入できる経路はなかった。それでも、廊下に誰かが立っていた感触が——空気の中に残っていた。

その夜は眠れなかった。

────────────────

三度目。その翌週の火曜日。二十三時十七分。

彼女はインターホンが鳴る前から、ソファに座ったまま待っていた。テレビは消していた。缶コーヒーだけを手に持ち、玄関の方を見ていた。

ピンポン。

モニターを確認する。誰もいない。

彼女はモニターを消さなかった。画面を見続けた。

廊下の蛍光灯。コンクリートの床。隣の部屋のドア。

十秒が経過した。

二十秒。

三十秒。

何も起きない。

四十秒——

足音が聞こえた。

モニターの中からではない。部屋の中の廊下から。

音があった。

裸足が、濡れた床を踏むような音だった。ぺた——間があいて——ぺた。一定ではなかった。二歩目の方が、少し重かった。何かが重心を移動させる音だった。そして止まった。

彼女はリビングの入り口を凝視していた。

何も見えなかった。

ただ、廊下の空気が少しだけ動いた気がした。冷たい空気が、リビングの暖かさの中へ、すうっと入り込んできた。体温のない空気だった。

────────────────

四度目は、彼女の方から仕掛けた。

火曜日の二十二時頃、彼女は玄関の防犯カメラの録画設定を確認した。常時録画になっていることを確かめ、リビングで待った。

二十三時十七分。

ピンポン。

モニターを見る。誰もいない。

足音が聞こえる。廊下を——今度は三歩。前回より一歩多い。

三歩目が止まった位置は、リビングの入り口に近かった。

彼女は動かなかった。呼吸を止めていた。自分でも気づかないうちに、息を止めていた。足音が止まるのを待った。止まった。冷たい空気が、また入ってきた。頬のあたりで、温度が落ちた。

それから十分ほど待って、彼女はスマートフォンで録画映像を確認した。

二十三時十七分の映像を巻き戻す。

画面には玄関ドアの外側が映っている。廊下。蛍光灯。コンクリートの床。

十七分〇〇秒。変化なし。

十七分〇一秒。変化なし。

十七分〇二秒——インターホンのボタンが、押し込まれた。

誰の指も映っていない。ボタンだけが、ひとりでに沈んだ。

彼女はその映像を三回繰り返して見た。

四回目に、気づいた。

ボタンが押された瞬間、玄関ドアの下——ドアと床の隙間に、影が差していた。

外側からではなかった。

内側から。

ドアの向こう、つまり彼女の部屋の中から、細い影が廊下へ漏れ出していた。

人間の手の影にしては、細すぎた。指の節が、あるべき位置にはなかった。床を這うように伸びて——途中で曲がっていた。関節のない方向に。

────────────────

「何の影ですか」と私は聞いた。

「分かりません」

「あなた自身の影ではなく?」

「私はリビングにいました。玄関からは四メートル以上離れています」

「他に部屋にいた人は」

「いません。一人暮らしです」

彼女は缶コーヒーを両手で包んでいた。まだ温かいはずの缶を、冷えたもののように握っていた。

「一つだけ、気づいたことがあります」と彼女は言った。

「インターホンが鳴る時刻——二十三時十七分。これは毎回同じです。調べてみたんです。私の前の週の行動を」

「前の週の?」

「鳴る前日の月曜日、私が帰宅して玄関の鍵を閉めた時刻が二十三時十七分でした。その前の週も。その前の週も。全部、同じでした」

彼女は手元を見た。

「来客は——私が昨日と同じことをした時刻に、来るんです」

彼女は少し間を置いてから続けた。

「昨日の私が鍵を閉めた時刻に、今日の私の部屋で、何かが動く。昨日の動作が、一日遅れで室内に再現されているみたいで——」

そこで言葉が途切れた。

「来客が来る時刻のパターンを見つけたとき、どんな気持ちでしたか」と私は聞いた。

「少し、楽になりました」と彼女は言った。「理由が分かれば対処できると思ったので。でもすぐに気づきました——理由が分かっても、来ることは止められない」

────────────────

残りは八十八本。

記録を書き終えた後、私は自分の部屋のインターホンのモニターを確認した。

廊下には、誰もいなかった。

だが今夜、来客はまた来たという。

今度は足音ではなかった。

彼女の名前を——正確に、呼んだのだという。

それだけではなかった。

名前を呼んだ後、一言だけ続いたという。

「鍵、閉めて」

彼女はその言葉を聞いて、玄関を確認した。鍵は、開いていた。

記録を書き終えて、私は自分の部屋の鍵を確認した。

閉まっていた。

今夜は、それで十分だと思うことにした。




この話を読んだ後、
深夜にインターホンが鳴って、
モニターに誰も映っていなかったら——
それがこの怪談の成功です。

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