継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、十七本目の違和感である。

語り部は、今回も私自身だ。
今回の違和感は、画面の中で起きた。私が送った言葉が、届いた先で別の言葉になっていた。


第十七話:消えるテキスト

その日の午後、私は友人にメッセージを送った。

特別なことではなかった。先週、彼女から本を借りていた。薄い文庫本で、タイトルは忘れたが、奇妙な旅の話だった。主人公が気がつくと知らない街にいて、戻り方が分からないまま終わる。半分ほど読んで面白いと思い、残りは数日で読み終えた。

感想を伝えたかっただけだ。

メッセージアプリを開いた。友人とのトーク画面は、前回のやりとりから五日空いていた。最後のやりとりは「了解、また連絡する」で終わっていた。本を手渡してもらったときの短いやりとりだった。

私は新しいメッセージを打ち込んだ。

「読み終わったよ。面白かった。ありがとう」

それだけだ。送信ボタンを押した。既読がついた。

────────────────

三分後、電話が鳴った。

画面に友人の名前が光った。珍しかった。彼女とはほとんど電話で話さない。用件はいつもメッセージで済ませる。

出ると、声が少し硬かった。

「今のメッセージ、どういうつもりで送ってきたの」

意味が分からなかった。

「ありがとう、って送っただけだけど」

「それだけじゃないでしょ」

「何が」

沈黙があった。短いが、密度があった。

「スクリーンショット送る」

電話が切れた。

────────────────

数秒後、画像が届いた。

私のアイコンと名前。送信時刻。そしてその下に、テキスト。

「消えたいな」

三文字だった。

私は自分のトーク画面をスクロールした。送信済みの吹き出し。そこに書かれているのは「読み終わったよ。面白かった。ありがとう」だった。変わっていなかった。

もう一度見た。

変わっていなかった。

もう一度電話した。

「俺の画面にはありがとうってある」

「だから、どういうこと」

「分からない」

本当に分からなかった。「消えたいな」という言葉を、私は打った覚えがなかった。その言葉が画面に浮かんでいる状況を、説明できなかった。

────────────────

電話を切った後、送信履歴を確認した。

私のトーク画面を上から下まで、一件ずつ読み返した。自分の発言は全て、記憶にあるものだった。変質している吹き出しはなかった。

「消えたいな」という言葉は、どこにも見当たらなかった。

しかし友人の手元には、そのスクリーンショットが存在している。

私はアプリのバージョンを確認した。最新だった。キャッシュをクリアした。アプリを一度閉じて、再起動した。送信履歴は変わらなかった。

────────────────

翌日、気になって確認した。

他のやりとりが変質していないかを確かめたかった。自分では確認できないので、過去一週間のやりとりをスクリーンショットで送ってほしいと頼んだ。友人は少し間があってから、応じてくれた。

比較した。

私の画面。友人の画面。

一件目は一致していた。二件目も一致していた。三件目も。私は読み進めた。

五日前のやりとりで、一件だけずれていた。

私の画面では「了解、また連絡する」とある。

友人の画面では「忘れたい」とある。

四文字だった。

────────────────

二件になった。

「消えたいな」と「忘れたい」。

どちらも、私には覚えがなかった。送った記憶がなかった。打ち込んだ感覚もなかった。自分の送信履歴にも存在しなかった。

それでも、友人の手元には確かに届いていた。私の名前と、私のアイコンと一緒に。

友人からの返信はなかった。スクリーンショットを送った後、既読だけがついて止まっていた。

────────────────

考えられる原因を、順番に試した。

まずアプリ側の問題を疑った。アプリを削除し、再インストールした。ログインし直した。過去のトーク履歴は復元された。私の画面では、やはり変質はなかった。

次に端末の問題を疑った。スマホを再起動した。設定のキャッシュを全てクリアした。バックグラウンドで動いているアプリを全て閉じた。

通信経路の問題を疑った。使っているWi-Fiに問題があるかもしれないと思い、モバイル通信に切り替えてもう一度送信テストをした。友人にすぐ確認してもらった。「普通の文字が届いた」と返ってきた。変質はなかった。

メーカーのサポートページに問い合わせた。文章を送ったが、三日後に届いた回答は「メッセージの文字化けや変質は端末の問題ではなくアプリ側の仕様範囲です」という定型文だった。

原因は、分からなかった。

────────────────

友人との関係が、しばらくぎこちなくなった。

彼女は心配してくれていた。本当に何かつらいことがあるなら聞く、と言ってくれた。私が否定するたびに、信じてもらうまでに時間がかかった。「消えたいな」という言葉は、冗談や文字化けで片付けられる類のものではなかった。

友人は私のことを、画面の向こうで一人で何かを抱えていると思っている。

私は証明できなかった。私が送っていないことを、証明する方法がなかった。

────────────────

二件の変質メッセージについて、記録ノートに書き写しながら気づいたことがある。

「消えたいな」

「忘れたい」

どちらも、三文字か四文字だ。長い文章ではない。

そして——どちらの日も、私は少し疲れていた。

最初のメッセージを送った日は、仕事が滞っていた。うまく進まないことが重なっていた。「面白かった。ありがとう」と打ちながら、本当は少し憂鬱だったかもしれない。

五日前の「了解、また連絡する」を送った日は、友人に本を手渡してもらった日だった。急いでいて、それほど話せなかった。もう少し話したかったという感覚が、残っていたかもしれない。

「忘れたい」と思っていたかどうかを、私は否定できなかった。

────────────────

変質したのはメッセージだ。アプリか、通信か、端末か、それとも私には理解できない別の何かが——送信の途中で言葉を書き換えた。

それが正しい説明だと思う。

ただ。

書き換わった言葉が、そのとき自分が感じていた何かと、完全に無関係だとも、言い切れない。

「消えたいな」は私が打っていない。しかし、あの夜それを感じていなかったとも言えない。

私が言葉にしなかった何かを、何かが代わりに送った。

そう解釈すると、奇妙なほど辻褄が合う。それが、いちばん気持ちの悪いところだった。

────────────────

これは私が記録した、十七本目の違和感である。

今夜もメッセージを送った。返信を待ちながら、相手の画面に何が届いているのかを、確かめる術がない。

私が打った言葉が、そのまま届いているとは——もう、思えなくなっている。

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