継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、二十二本目の違和感である。

今回の語り部も、私だ。


第二十二話:影の独立

三日前の木曜日、昼すぎのことだ。

銀行に寄る用があって、駅近くの商店街を歩いていた。快晴だった。正午を少し過ぎた時間は、太陽が真上に近く、影が最も地面に圧し縮められる。

歩道には人が多かった。前を行く男性の影、自転車の影、街路樹の細い影。それぞれが地面の上を動いていて、何も変ではなかった。

私の影も、私の一歩ごとに動いていた。

普通の昼だった。

────────────────

交差点で、信号が赤に変わった。

横に人が並んだ。スマートフォンで銀行の営業時間を確認した。問題なかった。

ふと、足元を見た。

私の影が、歩いていた。

信号はまだ赤だった。私は立ち止まっていた。隣の人も、前の人も、止まっていた。

しかし私の影だけが、一歩、また一歩と、横断歩道の上を前へ進んでいた。

歩幅は私のものだった。形は、私のものだった。ただ、私から切り離されて、先に行こうとしていた。

青に変わった。

私が歩き始めた瞬間、影は何事もなかったように私の足元に戻っていた。

ずっとそこにあったかのように。

────────────────

気のせいかもしれない、と思った。

光の屈折、アスファルトの歪み、疲労による視覚の誤認——それらしい説明は、すぐに出てきた。

銀行での用を済ませた。窓口の担当者と話し、書類を受け取り、外に出た。

その間も、影は私の足元にあった。普通に動いていた。私が右を向けば右に伸び、左に動けば左に動いた。

特に変ではなかった。

だから帰ることにした。

────────────────

帰り道に、路地を通った。商店街の裏手の細い道で、民家と月極駐車場に挟まれている。普段は人の少ない道だ。

その路地の前方を、誰かが歩いていた。

同じジャケット。同じ鞄。同じ歩き方。

私は最初、それが誰なのか認識できなかった。

気づいたのは、その人物に影がないことだった。

晴れた午後の路地で、影を持たない人間が歩いていた。

私の足元の影は、そのとき0.5秒先を歩いていた。

私は立ち止まった。

前方の人物は、振り返らなかった。路地の角を、曲がった。

数秒後、角の先から誰かが歩いてくるのが見えた。

こちらへ向かってくる。

自分の顔だった。

表情がなかった。私を見ているのか、いないのか、わからなかった。視線が私に合わさる気配もなく、その人物は私とすれ違い——そのまま、いなくなった。

振り向いた。

誰もいなかった。

影だけが、私の足元にあった。

────────────────

今の記録を整理する。

信号待ちのとき、私の影が0.5秒先に動いた。

路地で、影を持たない「私」が歩いていた。

その「私」が向こうから戻ってきたとき、私とすれ違って消えた。

消えた後、私の影は私の足元に戻っていた。

どこへ行っていたのか。何と入れ替わっていたのか。

分からないまま、今もどこかで「影の私」が別の場所を歩いているかもしれない——その考えが、消えない。

────────────────

帰宅したのは夕方だった。

洗面所に入り、歯を磨こうとした。

鏡を見た。

鏡に映っていたのは、私の影だけだった。

体が、映っていなかった。

────────────────

記録を終えると、私は二十二本目の蝋燭を消した。

残り、七十八本。




この話を読んだあと、
夜道を歩くとき、一度だけ
自分の影を確認してください。

その影が、あなたより
0.5秒だけ先に動いていたなら——
それがこの怪談の成功です。

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