継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
今回の語り部も、私だ。
三日前の木曜日、昼すぎのことだ。
銀行に寄る用があって、駅近くの商店街を歩いていた。快晴だった。正午を少し過ぎた時間は、太陽が真上に近く、影が最も地面に圧し縮められる。
歩道には人が多かった。前を行く男性の影、自転車の影、街路樹の細い影。それぞれが地面の上を動いていて、何も変ではなかった。
私の影も、私の一歩ごとに動いていた。
普通の昼だった。
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交差点で、信号が赤に変わった。
横に人が並んだ。スマートフォンで銀行の営業時間を確認した。問題なかった。
ふと、足元を見た。
私の影が、歩いていた。
信号はまだ赤だった。私は立ち止まっていた。隣の人も、前の人も、止まっていた。
しかし私の影だけが、一歩、また一歩と、横断歩道の上を前へ進んでいた。
歩幅は私のものだった。形は、私のものだった。ただ、私から切り離されて、先に行こうとしていた。
青に変わった。
私が歩き始めた瞬間、影は何事もなかったように私の足元に戻っていた。
ずっとそこにあったかのように。
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気のせいかもしれない、と思った。
光の屈折、アスファルトの歪み、疲労による視覚の誤認——それらしい説明は、すぐに出てきた。
銀行での用を済ませた。窓口の担当者と話し、書類を受け取り、外に出た。
その間も、影は私の足元にあった。普通に動いていた。私が右を向けば右に伸び、左に動けば左に動いた。
特に変ではなかった。
だから帰ることにした。
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帰り道に、路地を通った。商店街の裏手の細い道で、民家と月極駐車場に挟まれている。普段は人の少ない道だ。
その路地の前方を、誰かが歩いていた。
同じジャケット。同じ鞄。同じ歩き方。
私は最初、それが誰なのか認識できなかった。
気づいたのは、その人物に影がないことだった。
晴れた午後の路地で、影を持たない人間が歩いていた。
私の足元の影は、そのとき0.5秒先を歩いていた。
私は立ち止まった。
前方の人物は、振り返らなかった。路地の角を、曲がった。
数秒後、角の先から誰かが歩いてくるのが見えた。
こちらへ向かってくる。
自分の顔だった。
表情がなかった。私を見ているのか、いないのか、わからなかった。視線が私に合わさる気配もなく、その人物は私とすれ違い——そのまま、いなくなった。
振り向いた。
誰もいなかった。
影だけが、私の足元にあった。
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今の記録を整理する。
信号待ちのとき、私の影が0.5秒先に動いた。
路地で、影を持たない「私」が歩いていた。
その「私」が向こうから戻ってきたとき、私とすれ違って消えた。
消えた後、私の影は私の足元に戻っていた。
どこへ行っていたのか。何と入れ替わっていたのか。
分からないまま、今もどこかで「影の私」が別の場所を歩いているかもしれない——その考えが、消えない。
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帰宅したのは夕方だった。
洗面所に入り、歯を磨こうとした。
鏡を見た。
鏡に映っていたのは、私の影だけだった。
体が、映っていなかった。
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記録を終えると、私は二十二本目の蝋燭を消した。
残り、七十八本。
この話を読んだあと、
夜道を歩くとき、一度だけ
自分の影を確認してください。
その影が、あなたより
0.5秒だけ先に動いていたなら——
それがこの怪談の成功です。
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