継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、二十六本目の違和感である。

二十六本目は、私が他人の話として聞き始めて、途中から、聞き手であることをやめた話だった。


第二章「収集される者」
第二十六話:巻き戻る映像


そのコンビニの店長を、五年ほど前から知っていた。

 

私の記録のことを、店長は知っていた。年に何度か、客の話としては妙な、と前置きして、雑談の中で持ち込んでくることがあった。今回もそうだった。

 

水曜の午後、電話がかかってきた。

 

最近、夜中に、誰もいないレジ前のあたりで、レジが「ピッ」と鳴る。客の動きをセンサーが拾ったときに鳴る音だ。だが、防犯カメラには、誰も映っていない。一度、見てくれないか、と。

 

私は、行くと答えた。

 

 

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バックヤードに通された。

 

店長は仕入れに出るところだった。

 

「適当に巻き戻して見ててくれ」

 

そう言って、店長は出ていった。

 

レジに人が来たら呼びに行く約束だったが、平日の午後三時の、住宅街のコンビニに、客はあまり来なかった。

 

モニターは少し古く、画面はわずかに緑がかっていた。四つのカメラの映像が、四分割で映っていた。レジを正面から、レジを背後から、入口、酒類の棚。

 

私は、深夜の時間帯から見ることにした。

 

 

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午前二時から、四倍速で流した。

 

四倍速の人の動きは、少し滑稽だった。客は、入口から、ちょこちょこと早足で入ってきて、棚の前で短く止まり、レジに直行し、また早足で出ていく。一連の動作が、人形劇のように見える時間帯だった。

 

二時から三時までの一時間で、客は、四人だった。

 

ピッ、と鳴った瞬間は、確認できなかった。映像の上では、レジ前には、誰もいない瞬間がほとんどだった。

 

私は、もう一度、同じ時間帯を見直した。

 

通常速度で。

 

 

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三時七分の少し前、私は早送りボタンを、押し過ぎた。

 

巻き戻しを、二度、押した。

 

映像が、逆再生になった。

 

 

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逆再生では、客が後ろ向きに歩いて店から出ていく。商品がレジから袋に戻らずに棚へ戻り、客が後ろ向きに棚を眺め、後ろ向きに入口から出ていく。

 

ふつう、逆再生というのはぎこちない。動作の重心が乱れて、見ていて気持ちが悪い。

 

その映像は、ぎこちなさが、なかった。

 

順方向の映像と、私には、区別がつかなかった。

 

巻き戻しの倍速も、最初は気づかなかった。等速のように見えた。

 

 

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三時十二分。

 

レジ前のカメラ。

 

人が、立っていた。

 

 

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カメラに、背を向けていた。

 

肩の幅、首の後ろ、コートの裾。後頭部の輪郭。

 

それだけだった。顔は見えなかった。

 

動かない。

 

逆再生で、その人物だけが、動かなかった。

 

周りの時間が、後ろ向きに流れていた。

 

 

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私は、巻き戻しを止めた。

 

通常再生に、戻した。

 

レジ前には、誰もいなかった。

 

 

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もう一度、逆再生にした。

 

いた。

 

通常再生に戻した。

 

いない。

 

切り替えを、五回、繰り返した。

 

五回目に、思いついて、四つのカメラの他の三つを確認した。

 

レジを背後から映すカメラ。

入口のカメラ。

酒類の棚のカメラ。

 

逆再生でも、通常再生でも、その人物は、他の三つには、映っていなかった。

 

四つのうち、一つにだけ。

そして、逆再生のときにだけ。

 

 

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私は、画面を、一時停止した。

 

人物の足元を、よく見た。

 

立っている位置の床に、二つの跡があった。

 

濡れた靴底の形をしていた。

 

そのまま、通常再生に切り替えた。

 

レジ前には、誰もいなかった。

 

ただ、床のタイルに——同じ位置に、同じ形の、二つの跡が、まだ、残っていた。

 

 

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私は、画面の前で、しばらく動かなかった。

 

跡は、消えなかった。

 

通常速度で時間が流れていく中で、店員が一度、レジ前を横切った。跡の上を、踏んだ。気づいた様子はなかった。跡は、店員の動きで消えなかった。タイルに「埋まって」見えた。

 

四時を過ぎた頃、その時間帯の客が一人、レジに来た。会計をした。レジ袋を受け取った。出ていった。

 

跡は、まだ、そこにあった。

 

四時三十二分。

 

跡が、ふっと、消えた。

 

切れ目なく、何かが乾くようなタイミングではなかった。一瞬で、消えた。

 

私は、四時三十二分の前後を、何度か見直した。

 

跡の消え方は、何度見ても、同じだった。

 

一瞬で、消えた。

 

 

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店長が戻ってきたのは、五時前だった。

 

私は、店長に、何も言わなかった。

 

帰り際に、もう一度、モニターを見た。

 

ライブ映像が映っていた。

今、この瞬間の、レジ前。

 

レジ前には、店員と、客が一人いた。客は、若い男だった。

画面の隅、酒類の棚の手前——客でも店員でもない位置に、一人、人が、立っていた。

 

カメラに、背を向けて。

 

肩の幅、首の後ろ、コートの裾。

 

私は、店長の方を見た。

店長は、レジで会計の音を聞いていた。レジに二人がいて、客と店員だ、という顔をしていた。

 

私は、店を、出た。

 

 

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外は、もう暗かった。

 

商店街のアーケードの天井を、私は、見上げた。

 

数えてはいないが、視界の中に、防犯カメラが、五つは、あった。

 

そのうちのいくつが、今、私を撮っている。

そのうちのいくつが、明日、誰かに、巻き戻される。

そのとき、巻き戻された画面の中に——

 

私は、考えるのを、やめて、家に帰った。

 

 

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家に着いてから、店長に、礼の電話を入れた。

 

店長は、二週間後に電話する、と言った。

気になるから、業者に頼んで、画像解析をしてもらう、と。

逆再生の不鮮明な映像から、人物の輪郭だけを抽出する技術があるらしかった。

 

二週間後、電話があった。

 

体格と、服の輪郭の、概要だけが、出たという。

 

「身長は、たぶん——」

 

そこで、電話が切れた。

 

私の方の電波が、急に、弱くなった。

 

かけ直した。

店長は、出た。

 

「業者に、頼んだ覚えがない」

 

と、店長は、言った。

 

私は、訊き返さなかった。

 

 

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二十六本目を、ノートに書き留めた。

 

監視カメラに、映らない者が、映る瞬間がある。

 

巻き戻された時間の、中だけ。

 

書き終えてから、ページを、もう一度、見た。

 

最後の行に、自分の筆跡で、こう、足されていた。

 

——その時間の中で、お前は、たぶん、こちらを見ていない。

 

書いた覚えは、なかった。

 

二十六本目の蝋燭に、火を、灯した。

一本目の蝋燭の炎が、また、一瞬、左に揺れた。




今、あなたが、これを読んでいる、その時間。

その瞬間も、どこかの店の、どこかの通りの、防犯カメラが、回っている。

そのカメラの映像が、いつか、巻き戻されないとは、限らない。

その逆再生の中で、誰か一人が、動かずに、立っているとは、限らない。

——カメラに、背を向けて。

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