継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
三十本目を語ったのは、初めて私のもとを訪れた、二十一歳の大学生だった。
彼の名を、高坂陸という。
「技術的には、あり得ないんですが」
陸は、笑いかけのような口元で、そう言った。
ノートパソコンを、私の前のテーブルに、置いた。
天板を、開いた。
画面には、デスクトップが、表示されていた。
中央に、テキストファイルが、ひとつだけ、置かれていた。
ファイル名は、
「log_riku_20260504.txt」
だった。
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陸は、情報工学の三年生だった。
専攻は、システム解析。趣味は、と聞かれて、考え込んでから、
「ゲームと、ネットの、変な話を、集めることです」
と答えた。
普段の語り口は、落ち着いていた。早口でもなく、力みもなく、図書館の閲覧机で隣に座っているような距離感の声だった。
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陸の説明は、整理されていた。
ファイルは、五日前に、デスクトップに、現れた。
陸が置いたものではなかった。
陸の使っているクラウドストレージにも、外付けのハードディスクにも、対応する原本は、なかった。
開発で使っている共有フォルダにもなかった。
最初は、マルウェアだと、思った。
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陸が、最初にやったのは、ウイルススキャンだった。
二種類のソフトを、走らせた。
検出件数は、ゼロだった。
通信ログも、チェックした。外部に向けて、データを送出している痕跡は、なかった。
「とりあえず、削除しました」
と陸は言った。
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削除して、五秒後、
同じ場所に、同じファイルが、戻ってきた。
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更新時刻は、
「削除した、五秒後」
になっていた。
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陸は、いったん、息を、吸った。
「ふつう、こういうとき、復活するファイルは、もとの更新時刻を、保持しているものなんです」
「コピーが残っていて、それが戻ってきているなら、もとの時刻のはずで」
「でも、これは、削除した瞬間から、更新時刻を、書き直してくる」
「つまり、復活じゃない。新しく、書かれている」
陸の指は、トラックパッドの上で、止まっていた。
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陸は、考えうる手段を、ひととおり、試した。
ごみ箱を、空にした。
完全消去用のソフトで、上書きを、九回、走らせた。
ファイルを、別の場所へ、移動させた。
拡張子を、変えた。
USBから別のOSを、立ち上げて、削除した。
パーティションごと、フォーマットした。
ストレージを、物理的に、外した。
「物理的に外した、というのは——」
陸は、机の隅に置いてあった、剥き出しのSSDを、私に、見せた。
「五分後に、これを差し戻したら——同じファイルが、同じ場所に、ありました」
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私は、メモを、取った。
陸の話す内容を、私が記録ノートに書く速度が、追いつかないので、いったん、ペンを、置いた。
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陸は、ファイルを、開いて見せた。
中身は、テキストだった。
時刻と、行動が、一行ずつ、並んでいた。
07:32 起床
07:45 コーヒーを淹れる
08:13 駅、三番線
09:02 講義室、最後列、右から二番目
10:48 空き教室で、ノートを開く
12:07 学食、Bランチ、味噌汁の具は豆腐とわかめ
13:35 図書館、二階、窓側、北から三番目の机
陸は、画面を指した。
「これ、全部、合ってます」
「今日の、自分の、行動です」
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私は、画面を、見つめた。
行動の記録は、その時、その瞬間まで、進んでいた。
最後の行は、
「20:14 観測者の前で、画面を、開く」
だった。
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カーソルが、その下で、点滅していた。
二、三秒、画面を見ていると、
新しい一行が、書き加えられた。
「20:15 観測者が、画面を、見る」
その下で、また、カーソルが、点滅していた。
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陸は、小さく、息を、吐いた。
「これ、ずっと、書かれてるんです」
「俺が、いま、何をしているか」
「時間を、置かずに」
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私は、訊いた。
「学食の味噌汁の具まで、書かれているのは——」
「誰かに、見られていなければ、わかりませんよね」
「写真は、ありません。レシートも、ありません。学食のメニュー表に、その日の具までは、出ません」
「俺の頭の中にしか、ない情報です」
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陸は、ファイルを、最後まで、スクロールした。
書き加えられたばかりの行の、さらに下に、もう一行、別の文字が、あった。
時刻のフォーマットが、揃っていなかった。
削除予定時刻:今日、23:59
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私は、画面を、見たまま、机の上の、置き時計を、確認した。
二十時十六分だった。
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「二十三時五十九分に、何が、起きるかは——」
陸の声が、わずかに、低くなった。
「分かりません」
「ファイルが、削除されるのか」
「俺が、削除されるのか」
「俺の、何が、削除されるのか」
「全部、可能性として、同じくらい、あり得ます」
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陸は、私を見た。
「論理的に考えると、ファイルが消える可能性が、いちばん、高いはずなんです」
「でも、そう言い切れない理由が、ひとつだけ、あって」
陸は、カップを、両手で、持ち直した。
「俺、子供のころ、似たようなことを、一度、経験したことが、あるんです」
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小学三年生のころ、陸は、ある古いオンラインゲームを、毎日、遊んでいた。
サービスは、すでに、終了している。
サーバーも、もう、ない。当時のログは、どこにも、残っていない。
ある夜、ゲームの中の、誰もいないはずのマップに、知らないキャラクターが、立っていた。
そのキャラクターは、陸の本名を、フルネームで、知っていた。
ゲーム内では、ハンドルネームしか、登録していなかった。
そのキャラクターは、陸に、こう言った。
「陸くん、気づいてる? このゲーム、バグってるよ」
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陸は、その言葉を、ずっと、覚えていた。
「あの時は、ただの、いたずらだと、思っていたんです」
「アカウントの、流出か、なにかだろうと」
陸は、目線を、画面に、戻した。
「でも、いまになって、分かるんです」
「あの言葉は、俺に、向けて、言われたものじゃ、なかった」
「俺の、画面の、外に、向けて、言われたものだったんじゃないか、って」
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私は、ノートに、その言葉を、書き写した。
書き終わって、顔を、上げると、
陸は、画面を、また、見ていた。
「20:42 観測者が、子供のころのゲームの話を、ノートに、書き写す」
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「俺、ずっと、見られてるんです」
陸は、淡々と、言った。
「子供のころから、ずっと」
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私は、訊いた。
「二十三時五十九分まで、あと、三時間、ありますね」
「どうしますか」
陸は、しばらく、画面を見ていた。
「分析、します」
「これだけ、特殊なケースは、なかなか、ない」
陸は、笑いかけた。
笑い終わる前に、口を、閉じた。
「……でも、ひとつだけ、確かめたいことが、あって」
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陸は、ノートパソコンを、閉じた。
電源を、落とした。
電源ケーブルを、抜いた。
バッテリーも、外した。
机の上に、ただの、金属とプラスチックの板が、置かれた。
画面は、もう、点かない。
陸は、その板を、見つめていた。
二、三分、見つめていた。
「もし、いま、俺の行動を、書いてくる『何か』が、いるなら」
陸は、机の隅に、置いてあった、自分のスマートフォンを、ゆっくり、手に取った。
ホーム画面を、表示させた。
「このスマホの、メモアプリにも、続きが、書かれていると、思います」
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陸は、メモアプリを、開いた。
最新のメモが、新規で、ひとつ、増えていた。
タイトルは、
「log_riku_20260504_continued.txt」
だった。
最後の行に、
「20:51 陸が、ノートパソコンを、閉じる」
と、書かれていた。
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陸は、スマホを、机に、置いた。
しばらく、何も、言わなかった。
「……俺が、消すべきだったのは」
「ファイルじゃ、なかったかも、しれません」
陸は、それ以上、言わなかった。
私も、それ以上、訊かなかった。
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私は、三十本目の蝋燭に、火を、灯した。
一本目の蝋燭の炎が、また、一瞬、左に、揺れた。
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陸は、しばらくして、立ち上がった。
「あの、ひとつだけ」
「あなたが、書いている、その記録ノート」
「あれの、過去の分も、見せてもらえますか」
私は、答えなかった。
陸は、続けた。
「絶対、パターンが、あると、思うんです」
「俺だけじゃ、ない気がする」
「あなたの、書いてきたもの、全部に、同じ構造が、走っているはずなんです」
「明日、また、来ても、いいですか」
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私は、いいですよ、と、答えた。
陸は、頭を、下げて、出ていった。
ドアが、閉まった。
私は、机の上の、ノートを、見た。
ノートには、陸の話が、書き写されていた。
最後の行の下に、私の筆跡で、書いた覚えのない一行が、足されていた。
「彼にも、同じものが、見えはじめている」
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その夜、二十三時五十九分に、何が起きたかは、私には、分からない。
陸からの、連絡は、なかった。
翌朝、陸は、約束どおり、私のもとに、来た。
ノートパソコンを、抱えていた。
少し、寝不足の顔だった。
私は、訊かなかった。
陸も、何も、言わなかった。
残り、七十本。
今、あなたが、これを読んでいる、その時間。
あなたのデスクトップにも、置いた覚えのない、テキストファイルが、ひとつ、増えていないだろうか。
ファイル名に、あなたの名前が、入っていないだろうか。
開いて、最後まで、スクロールしたとき。
最終行に、書かれている時刻は——
今日の、何時だろうか。
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