継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

30 / 40
これは私が記録した、三十本目の違和感である。

三十本目を語ったのは、初めて私のもとを訪れた、二十一歳の大学生だった。

彼の名を、高坂陸という。



第三十話:削除できないデータ

 

「技術的には、あり得ないんですが」

 

陸は、笑いかけのような口元で、そう言った。

 

ノートパソコンを、私の前のテーブルに、置いた。

 

天板を、開いた。

 

画面には、デスクトップが、表示されていた。

 

中央に、テキストファイルが、ひとつだけ、置かれていた。

 

ファイル名は、

 

「log_riku_20260504.txt」

 

だった。

 

 

────────────────

 

 

陸は、情報工学の三年生だった。

 

専攻は、システム解析。趣味は、と聞かれて、考え込んでから、

 

「ゲームと、ネットの、変な話を、集めることです」

 

と答えた。

 

普段の語り口は、落ち着いていた。早口でもなく、力みもなく、図書館の閲覧机で隣に座っているような距離感の声だった。

 

 

────────────────

 

 

陸の説明は、整理されていた。

 

ファイルは、五日前に、デスクトップに、現れた。

 

陸が置いたものではなかった。

 

陸の使っているクラウドストレージにも、外付けのハードディスクにも、対応する原本は、なかった。

 

開発で使っている共有フォルダにもなかった。

 

最初は、マルウェアだと、思った。

 

 

────────────────

 

 

陸が、最初にやったのは、ウイルススキャンだった。

 

二種類のソフトを、走らせた。

 

検出件数は、ゼロだった。

 

通信ログも、チェックした。外部に向けて、データを送出している痕跡は、なかった。

 

「とりあえず、削除しました」

 

と陸は言った。

 

 

────────────────

 

 

削除して、五秒後、

 

同じ場所に、同じファイルが、戻ってきた。

 

 

────────────────

 

 

更新時刻は、

 

「削除した、五秒後」

 

になっていた。

 

 

────────────────

 

 

陸は、いったん、息を、吸った。

 

「ふつう、こういうとき、復活するファイルは、もとの更新時刻を、保持しているものなんです」

 

「コピーが残っていて、それが戻ってきているなら、もとの時刻のはずで」

 

「でも、これは、削除した瞬間から、更新時刻を、書き直してくる」

 

「つまり、復活じゃない。新しく、書かれている」

 

陸の指は、トラックパッドの上で、止まっていた。

 

 

────────────────

 

 

陸は、考えうる手段を、ひととおり、試した。

 

ごみ箱を、空にした。

完全消去用のソフトで、上書きを、九回、走らせた。

ファイルを、別の場所へ、移動させた。

拡張子を、変えた。

USBから別のOSを、立ち上げて、削除した。

パーティションごと、フォーマットした。

ストレージを、物理的に、外した。

 

「物理的に外した、というのは——」

 

陸は、机の隅に置いてあった、剥き出しのSSDを、私に、見せた。

 

「五分後に、これを差し戻したら——同じファイルが、同じ場所に、ありました」

 

 

────────────────

 

 

私は、メモを、取った。

 

陸の話す内容を、私が記録ノートに書く速度が、追いつかないので、いったん、ペンを、置いた。

 

 

────────────────

 

 

陸は、ファイルを、開いて見せた。

 

中身は、テキストだった。

 

時刻と、行動が、一行ずつ、並んでいた。

 

 

07:32 起床

07:45 コーヒーを淹れる

08:13 駅、三番線

09:02 講義室、最後列、右から二番目

10:48 空き教室で、ノートを開く

12:07 学食、Bランチ、味噌汁の具は豆腐とわかめ

13:35 図書館、二階、窓側、北から三番目の机

 

 

陸は、画面を指した。

 

「これ、全部、合ってます」

 

「今日の、自分の、行動です」

 

 

────────────────

 

 

私は、画面を、見つめた。

 

行動の記録は、その時、その瞬間まで、進んでいた。

 

最後の行は、

 

「20:14 観測者の前で、画面を、開く」

 

だった。

 

 

────────────────

 

 

カーソルが、その下で、点滅していた。

 

二、三秒、画面を見ていると、

 

新しい一行が、書き加えられた。

 

 

「20:15 観測者が、画面を、見る」

 

 

その下で、また、カーソルが、点滅していた。

 

 

────────────────

 

 

陸は、小さく、息を、吐いた。

 

「これ、ずっと、書かれてるんです」

 

「俺が、いま、何をしているか」

 

「時間を、置かずに」

 

 

────────────────

 

 

私は、訊いた。

 

「学食の味噌汁の具まで、書かれているのは——」

 

「誰かに、見られていなければ、わかりませんよね」

 

「写真は、ありません。レシートも、ありません。学食のメニュー表に、その日の具までは、出ません」

 

「俺の頭の中にしか、ない情報です」

 

 

────────────────

 

 

陸は、ファイルを、最後まで、スクロールした。

 

書き加えられたばかりの行の、さらに下に、もう一行、別の文字が、あった。

 

時刻のフォーマットが、揃っていなかった。

 

 

削除予定時刻:今日、23:59

 

 

────────────────

 

 

私は、画面を、見たまま、机の上の、置き時計を、確認した。

 

二十時十六分だった。

 

 

────────────────

 

 

「二十三時五十九分に、何が、起きるかは——」

 

陸の声が、わずかに、低くなった。

 

「分かりません」

 

「ファイルが、削除されるのか」

 

「俺が、削除されるのか」

 

「俺の、何が、削除されるのか」

 

「全部、可能性として、同じくらい、あり得ます」

 

 

────────────────

 

 

陸は、私を見た。

 

「論理的に考えると、ファイルが消える可能性が、いちばん、高いはずなんです」

 

「でも、そう言い切れない理由が、ひとつだけ、あって」

 

 

陸は、カップを、両手で、持ち直した。

 

「俺、子供のころ、似たようなことを、一度、経験したことが、あるんです」

 

 

────────────────

 

 

小学三年生のころ、陸は、ある古いオンラインゲームを、毎日、遊んでいた。

 

サービスは、すでに、終了している。

 

サーバーも、もう、ない。当時のログは、どこにも、残っていない。

 

ある夜、ゲームの中の、誰もいないはずのマップに、知らないキャラクターが、立っていた。

 

そのキャラクターは、陸の本名を、フルネームで、知っていた。

 

ゲーム内では、ハンドルネームしか、登録していなかった。

 

そのキャラクターは、陸に、こう言った。

 

 

「陸くん、気づいてる? このゲーム、バグってるよ」

 

 

────────────────

 

 

陸は、その言葉を、ずっと、覚えていた。

 

「あの時は、ただの、いたずらだと、思っていたんです」

 

「アカウントの、流出か、なにかだろうと」

 

 

陸は、目線を、画面に、戻した。

 

「でも、いまになって、分かるんです」

 

「あの言葉は、俺に、向けて、言われたものじゃ、なかった」

 

「俺の、画面の、外に、向けて、言われたものだったんじゃないか、って」

 

 

────────────────

 

 

私は、ノートに、その言葉を、書き写した。

 

書き終わって、顔を、上げると、

 

陸は、画面を、また、見ていた。

 

 

「20:42 観測者が、子供のころのゲームの話を、ノートに、書き写す」

 

 

────────────────

 

 

「俺、ずっと、見られてるんです」

 

陸は、淡々と、言った。

 

「子供のころから、ずっと」

 

 

────────────────

 

 

私は、訊いた。

 

「二十三時五十九分まで、あと、三時間、ありますね」

 

「どうしますか」

 

 

陸は、しばらく、画面を見ていた。

 

「分析、します」

 

「これだけ、特殊なケースは、なかなか、ない」

 

 

陸は、笑いかけた。

 

笑い終わる前に、口を、閉じた。

 

 

「……でも、ひとつだけ、確かめたいことが、あって」

 

 

────────────────

 

 

陸は、ノートパソコンを、閉じた。

 

電源を、落とした。

 

電源ケーブルを、抜いた。

 

バッテリーも、外した。

 

机の上に、ただの、金属とプラスチックの板が、置かれた。

 

画面は、もう、点かない。

 

陸は、その板を、見つめていた。

 

二、三分、見つめていた。

 

 

「もし、いま、俺の行動を、書いてくる『何か』が、いるなら」

 

 

陸は、机の隅に、置いてあった、自分のスマートフォンを、ゆっくり、手に取った。

 

ホーム画面を、表示させた。

 

 

「このスマホの、メモアプリにも、続きが、書かれていると、思います」

 

 

────────────────

 

 

陸は、メモアプリを、開いた。

 

最新のメモが、新規で、ひとつ、増えていた。

 

タイトルは、

 

「log_riku_20260504_continued.txt」

 

だった。

 

 

最後の行に、

 

「20:51 陸が、ノートパソコンを、閉じる」

 

と、書かれていた。

 

 

────────────────

 

 

陸は、スマホを、机に、置いた。

 

しばらく、何も、言わなかった。

 

 

「……俺が、消すべきだったのは」

 

「ファイルじゃ、なかったかも、しれません」

 

 

陸は、それ以上、言わなかった。

 

私も、それ以上、訊かなかった。

 

 

────────────────

 

 

私は、三十本目の蝋燭に、火を、灯した。

 

一本目の蝋燭の炎が、また、一瞬、左に、揺れた。

 

 

────────────────

 

 

陸は、しばらくして、立ち上がった。

 

「あの、ひとつだけ」

 

「あなたが、書いている、その記録ノート」

 

「あれの、過去の分も、見せてもらえますか」

 

 

私は、答えなかった。

 

陸は、続けた。

 

 

「絶対、パターンが、あると、思うんです」

 

「俺だけじゃ、ない気がする」

 

「あなたの、書いてきたもの、全部に、同じ構造が、走っているはずなんです」

 

 

「明日、また、来ても、いいですか」

 

 

────────────────

 

 

私は、いいですよ、と、答えた。

 

陸は、頭を、下げて、出ていった。

 

ドアが、閉まった。

 

 

私は、机の上の、ノートを、見た。

 

ノートには、陸の話が、書き写されていた。

 

最後の行の下に、私の筆跡で、書いた覚えのない一行が、足されていた。

 

 

「彼にも、同じものが、見えはじめている」

 

 

────────────────

 

 

その夜、二十三時五十九分に、何が起きたかは、私には、分からない。

 

陸からの、連絡は、なかった。

 

翌朝、陸は、約束どおり、私のもとに、来た。

 

ノートパソコンを、抱えていた。

 

少し、寝不足の顔だった。

 

 

私は、訊かなかった。

 

陸も、何も、言わなかった。

 

 

残り、七十本。

 





今、あなたが、これを読んでいる、その時間。

あなたのデスクトップにも、置いた覚えのない、テキストファイルが、ひとつ、増えていないだろうか。

ファイル名に、あなたの名前が、入っていないだろうか。

開いて、最後まで、スクロールしたとき。

最終行に、書かれている時刻は——

今日の、何時だろうか。


評価・ブックマーク・コメントで感想を教えてください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。