継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
第十五話のとき以来、十九本分の蝋燭の時間を挟んで、凛が、私の前に来た。
カフェだった。
凛は、注文した飲み物に、口を、つけなかった。
座って、息を、整えてから、こう、言った。
「先生、あの席のこと、覚えてますか」
私は、頷いた。
「進化した、っていうか、続きが、ある、感じなんです」
私は、ノートを、開いた。
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(凛の語り)
先生、私、ちょっと、整理しながら、話します。
あの席のこと、最初に話したの、たしか、半年くらい前でしたよね。
三年B組の、いちばん後ろの、窓際の、空席。
名簿には名前があるのに、誰も、その子のことを、覚えてない。
写真を撮ると、後ろ姿の少女が、写る。
そう、あの話の、続きです。
正直、しばらく、忘れてました。
あれから、写真を撮り直しても、もう、何も、写らなくなってたし。
怪談って、そういうもんだと、思ってたんです。
一回だけ、変なことが起きて、それで、終わる。
でも、終わってなかったんです。
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先週の、金曜日でした。
うちの学校、給食なんですけど、五時間目までの待ち時間、みんな机で、だらだらしてるんですよね。
昼休み、っていうか、ちょっと、緩んだ時間。
ソースの匂いが廊下まで残ってて、椅子を引く音がして、誰かが廊下で笑ってる。
普通の、金曜日でした。
私は、自分の席で、スマホを見てました。
スクロールしてた指が、止まりました。
なんとなく、顔を、上げました。
理由は、ないです。
ただ、なんとなく、です。
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あの席に、誰かが、座っていました。
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窓のほうを、向いていました。
紺のブレザー。
ストレートの、黒髪。
肩のあたりまで、伸びていました。
私と、同じ、制服でした。
私と、同じ、髪型でした。
たぶん、私と、同じくらいの、女子高生でした。
ただ、後ろ姿しか、見えませんでした。
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まわりを、見ました。
私のひとつ前の席の友達は、お弁当箱を、片付けていました。
廊下側の子たちは、何人かで、スマホを見せ合って、笑っていました。
誰も、こっちを、見ていませんでした。
誰も、あの席を、見ていませんでした。
私だけが、見ていました。
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息を、止めて、見続けました。
その子は、動きませんでした。
窓の外を、見ているように、見えました。
ただ、何かが、ちょっと、変だったんです。
何が変なのか、すぐには、わかりませんでした。
制服も、髪型も、私と、同じ。
ただ、何かが——
しばらくして、気づきました。
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小さい、って。
椅子に座っているから、低く見えるのは、当たり前なんです。
うちのクラスの机と椅子、私の身長でも、ちょうど、ぴったりなんですよ。
でも、その子の肩の位置が、私が座ったときの肩の位置より、低いんです。
背中も、低い。
明らかに、低い。
私、クラスでも小さいほうなんです。百五十五センチ。
それより、もっと、小さい。
どのくらい小さいのか、なんとなく、見覚えがある気がしました。
誰の、背中だっけ。
思い出せないまま、ただ、見ていました。
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予鈴が、鳴りました。
友達が、席に、戻りはじめました。
廊下を歩いていた子たちが、教室に、駆け込んできました。
私は、もう一度、あの席を、見ました。
もう、誰も、座っていませんでした。
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空席でした。
椅子だけが、ちょっと、引かれていた気が、しました。
でも、それは、私の気のせいかも、しれません。
私、立ち上がりました。
近くまで、行きました。
クラスの誰も、私を、見ていませんでした。
廊下の音、椅子を引く音、五時間目の準備をする音。
あの席の、まわりだけが、静かに、見えました。
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机の天板に、引っかき傷が、ありました。
新しい、傷でした。
朝、登校したときには、なかった、と、思います。
たぶん、です。
正直、ちゃんと見てなかったから、覚えてないです。
でも、新しい、ってことは、わかりました。
理由は、机の上に、白い、木屑が、まだ、残っていたからです。
鉛筆を削ったあとの、細かい、粉みたいなもの。
それが、机の縁に、少し、溜まっていました。
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彫られていたのは、文字でした。
「凛、来ちゃダメ」
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指で、なぞりました。
傷は、深かったです。
軽く引っかいたんじゃなくて、何度も、何度も、同じ場所を、なぞって、押し込んだような、深さでした。
指先が、冷たく、なりました。
それが、机の天板の温度のせいなのか、私の指の血が引いたせいなのかは、わかりませんでした。
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凛は、ここまで話して、いったん、口を、閉じた。
グラスを、両手で、握っていた。
何度も、ストローに、目をやった。
口は、つけなかった。
カフェの、隣のテーブルの、客の笑い声が、私には、ずいぶん、遠くに、聞こえた。
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五時間目が、始まりました。
私は、自分の席に戻って、教科書を開いて、先生の話を、聞いているふりを、しました。
でも、頭の中では、ずっと、あのときの後ろ姿を、思い出してました。
紺のブレザー。
肩までの黒髪。
私と、同じ。
ただ、ちょっと、小さい。
そのサイズに、見覚えがあったんです。
誰のだったろう。
授業中に、ふと、思い出しました。
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自分の、背中でした。
たぶん、小学生のころの、自分の。
お父さんが、死んだ、あとの、しばらくの、自分の背中でした。
なんで、そう、思ったのかは、わからないです。
ただ、あの背中が、あの頃の自分に、似てると、思ったんです。
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そう思ったとき、もうひとつ、思い出したんです。
お父さんが、死んでから、しばらく、私、自分の机に、何かを、彫ってたんです。
釘の先とか、シャープペンの先とか、そういうもので、何度も、何度も、引っかいて。
何を、彫ってたかは、覚えてないんですよ。
ただ、彫ったあと、机の上に、白い、木屑が、残ってて、それを、見ていた、っていう、それだけは、覚えてる。
今日、あの席の机の上にあった、白い、木屑。
あれと、同じだった、と、思うんです。
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「凛、来ちゃダメ」
何処に、ですか、先生。
あの席に、ですか。
それとも、別の——
考えていると、なんか、もう、頭が、痛くなってきて。
六時間目は、もう、何の話だったか、覚えてないです。
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帰り際に、もう一回、あの席を、見ました。
机の上の、白い木屑は、まだ、ありました。
誰も、それを、払っていませんでした。
私、思ったんです。
あの席の、後ろ姿の子。
もしかしたら、お父さんに、会いに、行ったのかな、って。
なんで、そう、思ったのかは、自分でも、よくわからないんですけど。
ただ、第十五話のとき、私、先生に、こう言いましたよね。
「あの席の子、お父さんに会えたのかな」って。
今日、もう一度、そう、思いました。
そう、思った、瞬間、あの言葉の、意味が、急に、変わった気が、したんです。
「凛、来ちゃダメ」
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凛は、また、口を、閉じた。
グラスを、見ていた。
表面の、結露の、雫を、指で、なぞっていた。
そのことに、本人は、気づいていなかった。
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で、ここから、もう、いちばん、ヤバいんですけど、先生。
翌日が、月曜日でした。
土日が、間に、挟まりました。
私、土日のあいだ、ずっと、あの彫られた文字のこと、考えてました。
月曜日に、写真を撮って、先生に見せようと、決めてました。
月曜日の朝、教室に、行きました。
スマホを、構えて、あの席のほうに、行きました。
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なかったんです。
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机が。
椅子も。
教室のいちばん後ろの、窓際、机がひとつ分、入るはずの空間。
そこに、何も、ない。
ただの、空いた、床でした。
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私、教室を、見回しました。
他のクラスメイトたちは、もう、自分の席についていました。
誰も、あの場所を、気にしていませんでした。
担任の、先生が、入ってきました。
私は、聞きました。
「先生、あの席、いつから、ないんですか」
担任は、首を、かしげました。
「あの席、って?」
「教室のいちばん後ろの、窓際の」
担任は、私が指している方向を、見ました。
そして、ふっ、と、笑いました。
「もともと、あそこに、机は、なかったよ」
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私は、まわりの子たちにも、聞きました。
「あそこに、机、あったよね」
「えー? もともと、なかったよ」
「水瀬、何の話してるの」
「ずっと、空いてたじゃん、あそこ」
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半年前、写真を撮った日に、私が確認した、名簿のことを、思い出しました。
あの席の主の、名前。
昼休みに、名簿を、もう一度、見に行きました。
その名前は、もう、ありませんでした。
削除された跡も、ありませんでした。
最初から、その欄が、その名簿には、存在しなかった。
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放課後、教室に、戻りました。
クラスメイトたちが、全員、帰った後、ひとりで、あの場所に、行きました。
しゃがんで、床を、見ました。
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床に、机の脚が立っていた、痕が、四つ、ありました。
古い、ワックスの色が、そこだけ、ちょっと、薄い。
その四つの、痕の、いちばん中。
私は、それを、見つけました。
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引っかき傷で、文字が、彫られていました。
机の天板にあったのと、同じ、深さで。
机の天板にあったのと、同じ、大きさで。
ただ、文字の表面が、ちょっとだけ、薄く、なっていました。
日に焼けて、古びていました。
「凛、来ちゃダメ」
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私には、わからないんです、先生。
机の上に、誰かが彫った文字が、机が消えたあと、床に、移ったのか。
それとも、もともと、床にあった文字を、机が、隠していたのか。
それとも、机のほうが、最初から、なかったのか。
そして、その「来ちゃダメ」が、何処への警告なのか、も。
あの席への、警告なのか。
それとも、私が、これから、行こうとしている、何処か、別の場所への——
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(凛の語り、終わり)
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凛は、結局、注文した飲み物には、口を、つけなかった。
私は、彼女の話を、ノートに、書き写した。
書き終えたとき、ペン先が、紙を、貫通していた。
書きながら、自分が、それほど、力を、入れていたことに、私は、気づいていなかった。
凛は、帰る前に、こう、言った。
「先生。今日のこの話、あとで、読み返したら、私の話、ちゃんと、書いてありますか」
私は、頷いた。
凛は、頷き返さなかった。
ただ、自分の鞄を、肩に、かけて、店を、出ていった。
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家に、帰った。
机の前に、座った。
座って、すぐに、目を、机の、いちばん端に、向けようとして——
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やめた。
理由は、自分でも、わからなかった。
ただ、見たく、なかった。
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ノートを、開いた。
今日のページの、いちばん下の行に、書いた覚えのない、一行が、私の筆跡で、増えていた。
「お前の机にも、彫り跡が、ある」
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私は、ノートを、閉じた。
そのまま、視線を、天井に、向けた。
天井の、染みが、いつもより、濃く、見えた。
そうしたまま、長いあいだ、動かなかった。
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どのくらい、経ったかは、わからない。
そのうち、机の上から、カタ、カタ、と、音が、聞こえた。
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机の上の、コップだった。
何時間も前から、そこに、置きっぱなしの、コップだった。
私は、何も、触っていなかった。
部屋には、何の、振動も、なかった。
それなのに、コップは、微かに、揺れていた。
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私は、コップを、持ち上げた。
コップの、底に、白い、粉が、こびりついていた。
凛が、話していた、机の上の、木屑の粒と、同じ、細かさだった。
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コップを、どけた、机の天板の、いちばん端。
そこに、引っかき傷で、彫られた、五文字が、あった。
凛が、机の上に、見たのと、同じ、五文字だった。
「凛、来ちゃダメ」
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私は、コップを、もう一度、その傷の上に、戻そうとした。
戻せなかった。
傷の彫り跡で、その場所だけが、わずかに、抉れていた。
何度、置き直しても、コップは、カタ、カタ、と、傾いた。
私は、コップを、床に、置いた。
床は、平らだった。
コップは、もう、揺れなかった。
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三十四本目の蝋燭に、火を、灯した。
一本目の蝋燭の炎が、また、一瞬、左に、揺れた。
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私は、ノートを、開かなかった。
机の、いちばん端も、見なかった。
蝋燭の、ほうだけを、見ていた。
ずっと、見ていた。
その視界の、隅で、床に、置いたはずの、コップが、また、カタ、カタ、と、揺れはじめた。
床は、平らだった、はずだった。
【次回予告】
百物語 第三十五話:蝋燭の数
消した蝋燭の数を、数え直すと、数が、合わなかった。
三十五本、消したはずが、三十四本、しか、なかった。
押し入れの奥に、燃えている蝋燭が、一本、立っていた。
炎は、下を、向いて、揺れていた。
それは、吹いても、消えなかった——