継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、三十四本目の違和感である。


第三十四話:空席の正体

第十五話のとき以来、十九本分の蝋燭の時間を挟んで、凛が、私の前に来た。

 

カフェだった。

 

凛は、注文した飲み物に、口を、つけなかった。

 

座って、息を、整えてから、こう、言った。

 

 

「先生、あの席のこと、覚えてますか」

 

 

私は、頷いた。

 

「進化した、っていうか、続きが、ある、感じなんです」

 

私は、ノートを、開いた。

 

 

────────────────

 

 

(凛の語り)

 

 

先生、私、ちょっと、整理しながら、話します。

 

あの席のこと、最初に話したの、たしか、半年くらい前でしたよね。

三年B組の、いちばん後ろの、窓際の、空席。

名簿には名前があるのに、誰も、その子のことを、覚えてない。

写真を撮ると、後ろ姿の少女が、写る。

 

そう、あの話の、続きです。

 

正直、しばらく、忘れてました。

あれから、写真を撮り直しても、もう、何も、写らなくなってたし。

怪談って、そういうもんだと、思ってたんです。

一回だけ、変なことが起きて、それで、終わる。

 

でも、終わってなかったんです。

 

 

────────────────

 

 

先週の、金曜日でした。

 

うちの学校、給食なんですけど、五時間目までの待ち時間、みんな机で、だらだらしてるんですよね。

昼休み、っていうか、ちょっと、緩んだ時間。

ソースの匂いが廊下まで残ってて、椅子を引く音がして、誰かが廊下で笑ってる。

普通の、金曜日でした。

 

私は、自分の席で、スマホを見てました。

 

スクロールしてた指が、止まりました。

 

なんとなく、顔を、上げました。

 

理由は、ないです。

ただ、なんとなく、です。

 

 

────────────────

 

 

あの席に、誰かが、座っていました。

 

 

────────────────

 

 

窓のほうを、向いていました。

 

紺のブレザー。

ストレートの、黒髪。

肩のあたりまで、伸びていました。

 

私と、同じ、制服でした。

私と、同じ、髪型でした。

 

たぶん、私と、同じくらいの、女子高生でした。

 

ただ、後ろ姿しか、見えませんでした。

 

 

────────────────

 

 

まわりを、見ました。

 

私のひとつ前の席の友達は、お弁当箱を、片付けていました。

廊下側の子たちは、何人かで、スマホを見せ合って、笑っていました。

 

誰も、こっちを、見ていませんでした。

誰も、あの席を、見ていませんでした。

 

私だけが、見ていました。

 

 

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息を、止めて、見続けました。

 

その子は、動きませんでした。

窓の外を、見ているように、見えました。

 

ただ、何かが、ちょっと、変だったんです。

 

何が変なのか、すぐには、わかりませんでした。

制服も、髪型も、私と、同じ。

ただ、何かが——

 

しばらくして、気づきました。

 

 

────────────────

 

 

小さい、って。

 

椅子に座っているから、低く見えるのは、当たり前なんです。

うちのクラスの机と椅子、私の身長でも、ちょうど、ぴったりなんですよ。

 

でも、その子の肩の位置が、私が座ったときの肩の位置より、低いんです。

背中も、低い。

明らかに、低い。

 

私、クラスでも小さいほうなんです。百五十五センチ。

それより、もっと、小さい。

 

どのくらい小さいのか、なんとなく、見覚えがある気がしました。

 

誰の、背中だっけ。

 

思い出せないまま、ただ、見ていました。

 

 

────────────────

 

 

予鈴が、鳴りました。

 

友達が、席に、戻りはじめました。

廊下を歩いていた子たちが、教室に、駆け込んできました。

 

私は、もう一度、あの席を、見ました。

 

 

もう、誰も、座っていませんでした。

 

 

────────────────

 

 

空席でした。

 

椅子だけが、ちょっと、引かれていた気が、しました。

でも、それは、私の気のせいかも、しれません。

 

私、立ち上がりました。

 

近くまで、行きました。

 

クラスの誰も、私を、見ていませんでした。

廊下の音、椅子を引く音、五時間目の準備をする音。

あの席の、まわりだけが、静かに、見えました。

 

 

────────────────

 

 

机の天板に、引っかき傷が、ありました。

 

 

新しい、傷でした。

 

朝、登校したときには、なかった、と、思います。

たぶん、です。

正直、ちゃんと見てなかったから、覚えてないです。

 

でも、新しい、ってことは、わかりました。

 

理由は、机の上に、白い、木屑が、まだ、残っていたからです。

鉛筆を削ったあとの、細かい、粉みたいなもの。

それが、机の縁に、少し、溜まっていました。

 

 

────────────────

 

 

彫られていたのは、文字でした。

 

 

「凛、来ちゃダメ」

 

 

────────────────

 

 

指で、なぞりました。

 

傷は、深かったです。

軽く引っかいたんじゃなくて、何度も、何度も、同じ場所を、なぞって、押し込んだような、深さでした。

 

指先が、冷たく、なりました。

 

それが、机の天板の温度のせいなのか、私の指の血が引いたせいなのかは、わかりませんでした。

 

 

────────────────

 

 

凛は、ここまで話して、いったん、口を、閉じた。

 

グラスを、両手で、握っていた。

何度も、ストローに、目をやった。

口は、つけなかった。

 

カフェの、隣のテーブルの、客の笑い声が、私には、ずいぶん、遠くに、聞こえた。

 

 

────────────────

 

 

五時間目が、始まりました。

 

私は、自分の席に戻って、教科書を開いて、先生の話を、聞いているふりを、しました。

 

でも、頭の中では、ずっと、あのときの後ろ姿を、思い出してました。

 

紺のブレザー。

肩までの黒髪。

私と、同じ。

 

ただ、ちょっと、小さい。

 

そのサイズに、見覚えがあったんです。

誰のだったろう。

 

授業中に、ふと、思い出しました。

 

 

────────────────

 

 

自分の、背中でした。

 

たぶん、小学生のころの、自分の。

 

お父さんが、死んだ、あとの、しばらくの、自分の背中でした。

 

なんで、そう、思ったのかは、わからないです。

ただ、あの背中が、あの頃の自分に、似てると、思ったんです。

 

 

────────────────

 

 

そう思ったとき、もうひとつ、思い出したんです。

 

お父さんが、死んでから、しばらく、私、自分の机に、何かを、彫ってたんです。

釘の先とか、シャープペンの先とか、そういうもので、何度も、何度も、引っかいて。

 

何を、彫ってたかは、覚えてないんですよ。

 

ただ、彫ったあと、机の上に、白い、木屑が、残ってて、それを、見ていた、っていう、それだけは、覚えてる。

 

今日、あの席の机の上にあった、白い、木屑。

あれと、同じだった、と、思うんです。

 

 

────────────────

 

 

「凛、来ちゃダメ」

 

何処に、ですか、先生。

 

あの席に、ですか。

それとも、別の——

 

考えていると、なんか、もう、頭が、痛くなってきて。

六時間目は、もう、何の話だったか、覚えてないです。

 

 

────────────────

 

 

帰り際に、もう一回、あの席を、見ました。

 

机の上の、白い木屑は、まだ、ありました。

誰も、それを、払っていませんでした。

 

私、思ったんです。

 

あの席の、後ろ姿の子。

もしかしたら、お父さんに、会いに、行ったのかな、って。

 

なんで、そう、思ったのかは、自分でも、よくわからないんですけど。

 

ただ、第十五話のとき、私、先生に、こう言いましたよね。

「あの席の子、お父さんに会えたのかな」って。

 

今日、もう一度、そう、思いました。

 

そう、思った、瞬間、あの言葉の、意味が、急に、変わった気が、したんです。

 

 

「凛、来ちゃダメ」

 

 

────────────────

 

 

凛は、また、口を、閉じた。

 

グラスを、見ていた。

表面の、結露の、雫を、指で、なぞっていた。

そのことに、本人は、気づいていなかった。

 

 

────────────────

 

 

で、ここから、もう、いちばん、ヤバいんですけど、先生。

 

 

翌日が、月曜日でした。

土日が、間に、挟まりました。

 

私、土日のあいだ、ずっと、あの彫られた文字のこと、考えてました。

月曜日に、写真を撮って、先生に見せようと、決めてました。

 

 

月曜日の朝、教室に、行きました。

 

スマホを、構えて、あの席のほうに、行きました。

 

 

────────────────

 

 

なかったんです。

 

 

────────────────

 

 

机が。

 

椅子も。

 

教室のいちばん後ろの、窓際、机がひとつ分、入るはずの空間。

 

そこに、何も、ない。

 

ただの、空いた、床でした。

 

 

────────────────

 

 

私、教室を、見回しました。

他のクラスメイトたちは、もう、自分の席についていました。

誰も、あの場所を、気にしていませんでした。

 

担任の、先生が、入ってきました。

 

私は、聞きました。

 

「先生、あの席、いつから、ないんですか」

 

担任は、首を、かしげました。

 

「あの席、って?」

 

「教室のいちばん後ろの、窓際の」

 

担任は、私が指している方向を、見ました。

そして、ふっ、と、笑いました。

 

「もともと、あそこに、机は、なかったよ」

 

 

────────────────

 

 

私は、まわりの子たちにも、聞きました。

 

「あそこに、机、あったよね」

「えー? もともと、なかったよ」

「水瀬、何の話してるの」

「ずっと、空いてたじゃん、あそこ」

 

 

────────────────

 

 

半年前、写真を撮った日に、私が確認した、名簿のことを、思い出しました。

あの席の主の、名前。

 

昼休みに、名簿を、もう一度、見に行きました。

 

その名前は、もう、ありませんでした。

削除された跡も、ありませんでした。

最初から、その欄が、その名簿には、存在しなかった。

 

 

────────────────

 

 

放課後、教室に、戻りました。

 

クラスメイトたちが、全員、帰った後、ひとりで、あの場所に、行きました。

 

しゃがんで、床を、見ました。

 

 

────────────────

 

 

床に、机の脚が立っていた、痕が、四つ、ありました。

古い、ワックスの色が、そこだけ、ちょっと、薄い。

 

その四つの、痕の、いちばん中。

 

私は、それを、見つけました。

 

 

────────────────

 

 

引っかき傷で、文字が、彫られていました。

 

机の天板にあったのと、同じ、深さで。

机の天板にあったのと、同じ、大きさで。

 

ただ、文字の表面が、ちょっとだけ、薄く、なっていました。

日に焼けて、古びていました。

 

 

「凛、来ちゃダメ」

 

 

────────────────

 

 

私には、わからないんです、先生。

 

机の上に、誰かが彫った文字が、机が消えたあと、床に、移ったのか。

それとも、もともと、床にあった文字を、机が、隠していたのか。

それとも、机のほうが、最初から、なかったのか。

 

そして、その「来ちゃダメ」が、何処への警告なのか、も。

 

 

あの席への、警告なのか。

それとも、私が、これから、行こうとしている、何処か、別の場所への——

 

 

────────────────

 

 

(凛の語り、終わり)

 

 

────────────────

 

 

凛は、結局、注文した飲み物には、口を、つけなかった。

 

私は、彼女の話を、ノートに、書き写した。

 

書き終えたとき、ペン先が、紙を、貫通していた。

書きながら、自分が、それほど、力を、入れていたことに、私は、気づいていなかった。

 

凛は、帰る前に、こう、言った。

 

「先生。今日のこの話、あとで、読み返したら、私の話、ちゃんと、書いてありますか」

 

私は、頷いた。

 

凛は、頷き返さなかった。

 

ただ、自分の鞄を、肩に、かけて、店を、出ていった。

 

 

────────────────

 

 

家に、帰った。

 

机の前に、座った。

 

座って、すぐに、目を、机の、いちばん端に、向けようとして——

 

 

────────────────

 

 

やめた。

 

理由は、自分でも、わからなかった。

 

ただ、見たく、なかった。

 

 

────────────────

 

 

ノートを、開いた。

 

今日のページの、いちばん下の行に、書いた覚えのない、一行が、私の筆跡で、増えていた。

 

 

「お前の机にも、彫り跡が、ある」

 

 

────────────────

 

 

私は、ノートを、閉じた。

 

そのまま、視線を、天井に、向けた。

 

天井の、染みが、いつもより、濃く、見えた。

 

そうしたまま、長いあいだ、動かなかった。

 

 

────────────────

 

 

どのくらい、経ったかは、わからない。

 

そのうち、机の上から、カタ、カタ、と、音が、聞こえた。

 

 

────────────────

 

 

机の上の、コップだった。

 

何時間も前から、そこに、置きっぱなしの、コップだった。

 

私は、何も、触っていなかった。

部屋には、何の、振動も、なかった。

 

それなのに、コップは、微かに、揺れていた。

 

 

────────────────

 

 

私は、コップを、持ち上げた。

 

コップの、底に、白い、粉が、こびりついていた。

 

凛が、話していた、机の上の、木屑の粒と、同じ、細かさだった。

 

 

────────────────

 

 

コップを、どけた、机の天板の、いちばん端。

 

そこに、引っかき傷で、彫られた、五文字が、あった。

 

凛が、机の上に、見たのと、同じ、五文字だった。

 

 

「凛、来ちゃダメ」

 

 

────────────────

 

 

私は、コップを、もう一度、その傷の上に、戻そうとした。

 

戻せなかった。

 

傷の彫り跡で、その場所だけが、わずかに、抉れていた。

 

何度、置き直しても、コップは、カタ、カタ、と、傾いた。

 

私は、コップを、床に、置いた。

 

床は、平らだった。

 

コップは、もう、揺れなかった。

 

 

────────────────

 

 

三十四本目の蝋燭に、火を、灯した。

 

一本目の蝋燭の炎が、また、一瞬、左に、揺れた。

 

 

────────────────

 

 

私は、ノートを、開かなかった。

 

机の、いちばん端も、見なかった。

 

蝋燭の、ほうだけを、見ていた。

 

ずっと、見ていた。

 

 

その視界の、隅で、床に、置いたはずの、コップが、また、カタ、カタ、と、揺れはじめた。

 

床は、平らだった、はずだった。




【次回予告】
百物語 第三十五話:蝋燭の数

消した蝋燭の数を、数え直すと、数が、合わなかった。
三十五本、消したはずが、三十四本、しか、なかった。
押し入れの奥に、燃えている蝋燭が、一本、立っていた。
炎は、下を、向いて、揺れていた。
それは、吹いても、消えなかった——
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