継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

35 / 40
これは私が記録した、三十五本目の違和感である。

三十五本目は、私が、数えた、数の中に、あった。



第三十五話:蝋燭の数

記録を、一つ終えるたびに、私は、蝋燭を、一本、消す。

 

消した蝋燭は、捨てない。

 

燭台に立てたまま、棚に、並べていく。

 

一本目から、順に、左から、右へ。

 

並んだ蝋燭の数が、私が、これまでに、記録した、違和感の数だった。

 

蝋燭の、長さは、一本ずつ、違う。

 

長く灯したものは、短く、短く灯したものは、長い。

 

色も、同じではない。古いものは、わずかに、黄ばんでいる。新しいものは、薄い、灰色を、している。

 

棚は、五段に、分けてある。一段に、二十本ずつ、収まる、計算だった。

 

二段目の途中まで、私は、進んでいた。

 

棚の前に、立つと、冷えた蝋の、わずかに甘い、匂いが、する。

 

 

────────────────

 

 

その夜も、私は、いつものように、棚の前に、立った。

 

布で、燭台の埃を、拭いた。

 

左の端から、順に、一本ずつ、拭いていく。

 

古い蝋燭の燭台ほど、埃が、厚く、たまっている。

 

垂れた蝋の跡を、爪で、削り落とした。

 

固まった蝋は、爪先で、押すと、乾いた音を、立てて、剥がれた。

 

数えるのは、いつも、最後だ。

 

それが、私の、順序だった。

 

 

────────────────

 

 

拭き終えて、私は、左の端から、数えた。

 

一、二、三――

 

三十二、三十三、三十四。

 

そこで、終わった。

 

三十五本目が、ない。

 

 

私は、一度、息を、吐いた。

 

そして、もう一度、左の端から、数えた。

 

指で、一本ずつ、押さえながら。

 

押さえるたびに、燭台が、かすかに、揺れた。

 

三十四。

 

 

声に、出して、数えた。

 

三度目だった。

 

三十四。

 

 

今度は、右の端から、数えた。

 

逆から、数えはじめると、頭の中で、左から数えた数と、右から数えた数が、重なって、混ざった。

 

途中で、止めた。

 

止めて、また、左の端から、やり直した。

 

三十四。

 

 

棚の、右の端に、燭台が、一つ、空のまま、立っていた。

 

三十五番目の、燭台だった。

 

そこに、立てたはずの、蝋燭が、なかった。

 

 

────────────────

 

 

私は、覚えている。

 

今夜、三十五本目の記録を、終えたとき、机の上の、蝋燭の火を、口を、すぼめて、吹き消した。

 

息は、まっすぐ、当たった。

 

芯から、細い煙が、まっすぐ、上がった。

 

煙は、しばらく、空気の中に、残った。

 

私は、その蝋燭を、燭台ごと、持ち上げた。

 

蝋燭の、根元は、まだ、温かかった。

 

棚の、右の端まで、運んだ。

 

二段目の、続きに、置いた。

 

ほかの蝋燭の、隣に、置いた。

 

それは、ほんの、一時間ほど、前のことだった。

 

 

立てた蝋燭が、ない。

 

 

────────────────

 

 

私は、部屋を、見回した。

 

机の上には、ノートと、ペンと、湯呑みしか、なかった。

 

床にも、机の下にも、蝋燭は、落ちていなかった。

 

しゃがんで、机の下を、覗き込んだ。

 

埃の、上に、何かを、引きずったような、跡は、なかった。

 

椅子の、下も、覗いた。

 

書棚の、いちばん下の段と、床の、隙間にも、目を、入れた。

 

何もなかった。

 

私は、台所まで、行った。

 

流しの中。

 

ごみ箱の中。

 

冷蔵庫の、上。

 

どこにも、なかった。

 

 

台所から、戻ってくると、押し入れの、襖が、指の幅ほど、開いていた。

 

閉めた、覚えは、あった。

 

私は、襖に、手をかけた。

 

襖は、いつもより、ほんの少しだけ、重かった。

 

引くと、中から、紙のような、乾いた匂いが、漏れてきた。

 

私は、襖を、最後まで、開けるのに、少し、時間が、かかった。

 

 

────────────────

 

 

押し入れの、奥に、蝋燭が、一本、立っていた。

 

燭台も、なく、ただ、板の上に、立っていた。

 

火が、灯っていた。

 

 

炎は、下を、向いていた。

 

 

蝋燭の、上で、揺れるのではなく、芯の、根元から、下へ、垂れるように、炎が、伸びていた。

 

炎の長さは、私の、指ほど、あった。

 

板を、焦がしては、いなかった。

 

炎の下の板に、焦げ跡も、灰も、なかった。

 

板は、乾いていた。

 

 

蝋燭は、溶けていなかった。

 

今夜、火を、つけたばかりの、長さの、ままだった。

 

いや――買ったばかりの、一本の、長さの、ままだった。

 

蝋が、一滴も、垂れていなかった。

 

芯は、白かった。一度も、燃えたことのない、芯の、色だった。

 

 

私は、息を、吸って、吹いた。

 

吐いた息は、炎の、手前で、止まった。

 

届くべきところで、空気が、動かなかった。

 

炎は、消えなかった。

 

下を向いた、まま、揺れも、しなかった。

 

 

もう一度、吹いた。

 

消えなかった。

 

 

私は、襖の縁に、手をかけたまま、しばらく、動かなかった。

 

どれくらいの時間、そうしていたかは、わからなかった。

 

 

────────────────

 

 

私は、押し入れの前に、座った。

 

膝に、板の、冷たさが、伝わってきた。

 

下を向いた炎を、見ていた。

 

 

百本、消したとき、何が、起きるのか。

 

 

だが、もし。

 

消したはずの蝋燭が、一本、消えていなかったのなら。

 

私が、これまでに、消してきた数は、ほんとうに、正しいのか。

 

 

私は、棚を、振り返った。

 

三十四本。

 

右の端の、燭台は、空のまま。

 

 

押し入れの、奥の、一本は、燃え続けていた。

 

 

数えても、数えても、合わない理由を、私は、一つだけ、思いついた。

 

思いついて、すぐに、打ち消した。

 

 

この、三十五本目だけは、私が、消すことの、できない、一本なのかもしれない。

 

――気のせい、だと思う。

 

 

私は、襖を、半分まで、閉めた。

 

完全には、閉めなかった。

 

理由は、自分にも、わからなかった。

 

 

────────────────

 

 

私は、棚に、戻った。

 

新しい蝋燭を、一本、燭台に、立てようとした。

 

立てる前に、左の端の、一本目の蝋燭の、炎が――

 

 

灯っていないはずの、一本目の蝋燭の、炎が、一瞬、左に、揺れた。

 

 

私は、それを、見なかったことに、した。

 

 

────────────────

 

 

机に、戻った。

 

ノートを、開いた。

 

今夜の記録の、最後に、私は、書いた。

 

 

「これは私が記録した、三十五本目の違和感である」

 

 

書いてから、気づいた。

 

その一行を、私は、もう、書いていた。

 

ページを、めくると、前の晩の記録の、最後にも、同じ一行が、あった。

 

日付だけが、違っていた。

 

 

筆跡は、私のものだった。

 

私のものだったが、今夜の私の字より、少しだけ、力が、こもっていた。

 

 

私は、その一行を、指で、なぞった。

 

ペン先の溝が、紙の繊維に、しっかりと、残っていた。

 

インクは、もう、乾いていた。

 

私が、この一行を、いつ書いたのかは、思い出せなかった。

 

 

ページを、もう一枚、前へ、めくった。

 

そこにも、同じ一行が、あった。

 

日付だけが、また、一日、前に、なっていた。

 

 

私は、ノートを、閉じた。

 

 

────────────────

 

 

ペンを、置こうとした、ちょうどそのとき、電話が、鳴った。

 

こんな時刻に、かけてくる相手は、一人だけだった。

 

受話器を、取った。

 

向こうから、雑音が、聞こえた。

 

雑音の、奥に、誰かの、息の音が、あった。

 

 

「夜分に、すまん」

 

低い、男の声だった。

 

「二十五年前の件で、もう一度、現場に、行ってきた」

 

「妙なものを、見た。記録して、ほしい」

 

 

それから、男は、少し、黙って、言った。

 

 

「あんたの蝋燭が、減らないのと、同じ理由かもしれん」

 

 

私は、男に、蝋燭の話を、していなかった。

 




【次回予告】
百物語 第三十六話:二十五年前の被害者【桐生修一・再登場】

二十五年前の、失踪事件の、証拠写真を、見直していた。
被害者の一人が、若い頃の、自分に、似ていた。
最後の証言記録には、こう、あった。

「時間が、逆に、進んでいる」
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。