継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
三十五本目は、私が、数えた、数の中に、あった。
記録を、一つ終えるたびに、私は、蝋燭を、一本、消す。
消した蝋燭は、捨てない。
燭台に立てたまま、棚に、並べていく。
一本目から、順に、左から、右へ。
並んだ蝋燭の数が、私が、これまでに、記録した、違和感の数だった。
蝋燭の、長さは、一本ずつ、違う。
長く灯したものは、短く、短く灯したものは、長い。
色も、同じではない。古いものは、わずかに、黄ばんでいる。新しいものは、薄い、灰色を、している。
棚は、五段に、分けてある。一段に、二十本ずつ、収まる、計算だった。
二段目の途中まで、私は、進んでいた。
棚の前に、立つと、冷えた蝋の、わずかに甘い、匂いが、する。
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その夜も、私は、いつものように、棚の前に、立った。
布で、燭台の埃を、拭いた。
左の端から、順に、一本ずつ、拭いていく。
古い蝋燭の燭台ほど、埃が、厚く、たまっている。
垂れた蝋の跡を、爪で、削り落とした。
固まった蝋は、爪先で、押すと、乾いた音を、立てて、剥がれた。
数えるのは、いつも、最後だ。
それが、私の、順序だった。
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拭き終えて、私は、左の端から、数えた。
一、二、三――
三十二、三十三、三十四。
そこで、終わった。
三十五本目が、ない。
私は、一度、息を、吐いた。
そして、もう一度、左の端から、数えた。
指で、一本ずつ、押さえながら。
押さえるたびに、燭台が、かすかに、揺れた。
三十四。
声に、出して、数えた。
三度目だった。
三十四。
今度は、右の端から、数えた。
逆から、数えはじめると、頭の中で、左から数えた数と、右から数えた数が、重なって、混ざった。
途中で、止めた。
止めて、また、左の端から、やり直した。
三十四。
棚の、右の端に、燭台が、一つ、空のまま、立っていた。
三十五番目の、燭台だった。
そこに、立てたはずの、蝋燭が、なかった。
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私は、覚えている。
今夜、三十五本目の記録を、終えたとき、机の上の、蝋燭の火を、口を、すぼめて、吹き消した。
息は、まっすぐ、当たった。
芯から、細い煙が、まっすぐ、上がった。
煙は、しばらく、空気の中に、残った。
私は、その蝋燭を、燭台ごと、持ち上げた。
蝋燭の、根元は、まだ、温かかった。
棚の、右の端まで、運んだ。
二段目の、続きに、置いた。
ほかの蝋燭の、隣に、置いた。
それは、ほんの、一時間ほど、前のことだった。
立てた蝋燭が、ない。
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私は、部屋を、見回した。
机の上には、ノートと、ペンと、湯呑みしか、なかった。
床にも、机の下にも、蝋燭は、落ちていなかった。
しゃがんで、机の下を、覗き込んだ。
埃の、上に、何かを、引きずったような、跡は、なかった。
椅子の、下も、覗いた。
書棚の、いちばん下の段と、床の、隙間にも、目を、入れた。
何もなかった。
私は、台所まで、行った。
流しの中。
ごみ箱の中。
冷蔵庫の、上。
どこにも、なかった。
台所から、戻ってくると、押し入れの、襖が、指の幅ほど、開いていた。
閉めた、覚えは、あった。
私は、襖に、手をかけた。
襖は、いつもより、ほんの少しだけ、重かった。
引くと、中から、紙のような、乾いた匂いが、漏れてきた。
私は、襖を、最後まで、開けるのに、少し、時間が、かかった。
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押し入れの、奥に、蝋燭が、一本、立っていた。
燭台も、なく、ただ、板の上に、立っていた。
火が、灯っていた。
炎は、下を、向いていた。
蝋燭の、上で、揺れるのではなく、芯の、根元から、下へ、垂れるように、炎が、伸びていた。
炎の長さは、私の、指ほど、あった。
板を、焦がしては、いなかった。
炎の下の板に、焦げ跡も、灰も、なかった。
板は、乾いていた。
蝋燭は、溶けていなかった。
今夜、火を、つけたばかりの、長さの、ままだった。
いや――買ったばかりの、一本の、長さの、ままだった。
蝋が、一滴も、垂れていなかった。
芯は、白かった。一度も、燃えたことのない、芯の、色だった。
私は、息を、吸って、吹いた。
吐いた息は、炎の、手前で、止まった。
届くべきところで、空気が、動かなかった。
炎は、消えなかった。
下を向いた、まま、揺れも、しなかった。
もう一度、吹いた。
消えなかった。
私は、襖の縁に、手をかけたまま、しばらく、動かなかった。
どれくらいの時間、そうしていたかは、わからなかった。
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私は、押し入れの前に、座った。
膝に、板の、冷たさが、伝わってきた。
下を向いた炎を、見ていた。
百本、消したとき、何が、起きるのか。
だが、もし。
消したはずの蝋燭が、一本、消えていなかったのなら。
私が、これまでに、消してきた数は、ほんとうに、正しいのか。
私は、棚を、振り返った。
三十四本。
右の端の、燭台は、空のまま。
押し入れの、奥の、一本は、燃え続けていた。
数えても、数えても、合わない理由を、私は、一つだけ、思いついた。
思いついて、すぐに、打ち消した。
この、三十五本目だけは、私が、消すことの、できない、一本なのかもしれない。
――気のせい、だと思う。
私は、襖を、半分まで、閉めた。
完全には、閉めなかった。
理由は、自分にも、わからなかった。
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私は、棚に、戻った。
新しい蝋燭を、一本、燭台に、立てようとした。
立てる前に、左の端の、一本目の蝋燭の、炎が――
灯っていないはずの、一本目の蝋燭の、炎が、一瞬、左に、揺れた。
私は、それを、見なかったことに、した。
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机に、戻った。
ノートを、開いた。
今夜の記録の、最後に、私は、書いた。
「これは私が記録した、三十五本目の違和感である」
書いてから、気づいた。
その一行を、私は、もう、書いていた。
ページを、めくると、前の晩の記録の、最後にも、同じ一行が、あった。
日付だけが、違っていた。
筆跡は、私のものだった。
私のものだったが、今夜の私の字より、少しだけ、力が、こもっていた。
私は、その一行を、指で、なぞった。
ペン先の溝が、紙の繊維に、しっかりと、残っていた。
インクは、もう、乾いていた。
私が、この一行を、いつ書いたのかは、思い出せなかった。
ページを、もう一枚、前へ、めくった。
そこにも、同じ一行が、あった。
日付だけが、また、一日、前に、なっていた。
私は、ノートを、閉じた。
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ペンを、置こうとした、ちょうどそのとき、電話が、鳴った。
こんな時刻に、かけてくる相手は、一人だけだった。
受話器を、取った。
向こうから、雑音が、聞こえた。
雑音の、奥に、誰かの、息の音が、あった。
「夜分に、すまん」
低い、男の声だった。
「二十五年前の件で、もう一度、現場に、行ってきた」
「妙なものを、見た。記録して、ほしい」
それから、男は、少し、黙って、言った。
「あんたの蝋燭が、減らないのと、同じ理由かもしれん」
私は、男に、蝋燭の話を、していなかった。
【次回予告】
百物語 第三十六話:二十五年前の被害者【桐生修一・再登場】
二十五年前の、失踪事件の、証拠写真を、見直していた。
被害者の一人が、若い頃の、自分に、似ていた。
最後の証言記録には、こう、あった。
「時間が、逆に、進んでいる」