継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 作:yami_craft
三十九本目は、私の、最初の、記録の中に、あった。
違和感を記録し始めて、どのくらい経つのかを、私は、正確には、知らない。
ただ、記録は、一冊目のノートから、始まっている。
一冊目の、最初のページに、第一話が、ある。
「逆行する時計」の、話だ。
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その夜、私は、机の前に、座っていた。
部屋の電灯は、つけていなかった。
蝋燭の明かりだけが、机の上に、あった。
特別な理由は、なかった。
陸のことを、考えていた。
「俺の記録が、何周目かなんて、考えたくないですよ」
陸はそう言って、画面を閉じた。
私は、あの言葉が、頭の中に、残っていた。
何度も、繰り返し、戻ってきた。
私は、引き出しを、見た。
一冊目のノートが、そこに、あることを、知っていた。
何年も、開いていなかった。
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引き出しを、開けた。
一冊目は、いちばん下に、あった。
革の表紙は、湿気で、少し、反っていた。
取り出して、表紙を、開いた。
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最初のページに、「逆行する時計」の記録が、あった。
見覚えのある、文章だった。
私が、書いた、文章だった。
読み始めようとした。
そのとき。
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余白が、目に入った。
ページの右端の、細い余白だった。
第三十七話の記録を読み返したとき、全ページの余白に批評が書かれているのを見つけた。あれは、全てのページにあった。だから、余白に文字が入っていること自体は、驚かなかった。
ただ。
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余白の文字が、本文と、同じ内容を、書いていた。
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「逆行する時計」の話が、本文の隣に、もう一度、書かれていた。
同じ話が。
別の筆跡で。
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私は、ページを、めくった。
裏面にも、あった。
本文の「逆行する時計」の続きが、本文の隣の余白に、別の手で、書き続けられていた。
本文と同じ話の、同じ場面が。
同じ内容が。
別の字で。
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ページを戻した。
最初のページから、もう一度、見た。
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本文の隣に、一つ目の別バージョン。
本文の下の余白に、二つ目の別バージョン。
私は、ページを、九十度、回転させた。
回転させると、裏面の余白に、文字が、見えた。
縦書きではなく、横書きで、書かれていた。
紙の向きを変えなければ、読めない位置に、最初から、書かれていた。
それが、三つ目だった。
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私は、ノートを、光の下に、傾けた。
ページの繊維に、沿って、また別の字が、浮いた。
インクではなかった。
紙を、細い物で、押した跡だった。
筆圧だけで、文字の形が、紙に、残されていた。
それが、四つ目。
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最後に、ページを、日光に、透かした。
インクの文字が、紙の裏から、滲んで、見えた。
逆向きだったが、読めた。
筆跡は、これまでの四つの、どれとも、違った。
それが、五つ目だった。
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私は、五つのバージョンを、並べて、読んだ。
「逆行する時計」の話が、五回、書かれていた。
登場する男の、描写が、わずかに、違った。
ある版では、男は「三十代の、後半」だった。
ある版では、「三十代の、前半」だった。
ある版では、年齢の記述が、なかった。
五つの版の末尾を、確認した。
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一つ目の版の末尾。
「——残りは、九十九本」
二つ目の版の末尾。
「——残りは、七十四本」
三つ目の版の末尾。
「——残りは、四十八本」
四つ目の版の末尾。
「——残りは、二十三本」
五つ目の版の末尾。
「——残りは、一本」
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私は、そこで、ページを閉じた。
今の私の記録は、三十九本目だ。
残りは、六十一本、ある。
今、私が、書いている記録は、何周目のものなのか。
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五つの版の筆跡を、もう一度、確認した。
一つ目の版は、私自身の字だった。
今、私がノートに書くときの、字と、完全に、同じだった。
二つ目の版は。
私は、少し、考えた。
この字を、最近、見た、気がした。
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引き出しを、もう一度、開けた。
一冊目のノートと、一緒に、入れてあったものを、取り出した。
去年の夏、路上で拾った、手帳だった。
拾った日のことは、第二十九話として、記録してある。
革の質感は、一冊目のノートと、似ていた。
似ているとは、これまで、思ったことが、なかった。
手帳の最初のページを、開いた。
字を、見た。
ゆっくりと、見た。
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二つ目の版の筆跡と、同じだった。
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私は、手帳を、テーブルの上に、置いた。
一冊目のノートを、その隣に、置いた。
二つの本が、並んだ。
私の字と、この手帳の字が、同じ記録を、書いていた。
「逆行する時計」の話を。
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残りの三つの版の筆跡が、誰のものかは、分からなかった。
分からなかったが、今すぐに調べる方法も、なかった。
私は、何も、しなかった。
ノートを閉じた。
手帳も閉じた。
二冊を、引き出しに、戻した。
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三十九本目の蝋燭に、火を、つけた。
一本目の炎が、一瞬、右に、揺れた。
また、右だった。
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私は、ノートに、今夜のことを、書いた。
書き終えて、ページを閉じようとした。
余白に、文字が、あった。
「それが、二つ目の版の書き手だと、お前はどうして分かる」
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私は、何も、書かなかった。
何も、訊かなかった。
余白の問いを、もう一度、読んだ。
読んで、引き出しを、開けた。
手帳を、取り出した。
一ページ目を、また、開いた。
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手帳の字を、見ていた。
長い時間、見ていた。
蝋燭の炎が、机の上で、揺れていた。
その揺れに合わせて、字の輪郭が、少し、動いて見えた。
私の字かどうか。
私の字では、ないと、思っていた。
そう、思い続けていた。
何度も、思い続けていた。
見ているうちに。
分からなく、なってきた。
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残り、六十一本。