継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~   作:yami_craft

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これは私が記録した、四十五本目の違和感《いわかん》である。

四十五本目は、水瀬凛が、また、持ち込んだ。


第四十五話:父親の声

カフェだった。

 

いつもの、窓際の席。

 

凛は、めずらしく、先に座って、待っていた。

 

注文した、ホットミルクから、もう、湯気が、立っていなかった。

 

棚の蝋燭の数を、私が、口に出す前に、凛が、先に、言った。

 

「四十四本、ですよね」

 

数えるのは、いつも、美咲のほうだった。

 

凛が、数えたのは、初めてだった。

 

私が席に着くと、凛は、すぐに、口を、開いた。

 

 

「先生、笑わないで、聞いてもらいたいことが、あるんです」

 

 

いつもより、声が、軽かった。

 

照れているような、笑顔だった。

 

第十五話のとき、初めて会ったときから、こんな顔を、見たのは、初めてだった。

 

私は、ノートを、開いた。

 

 

────────────────

 

 

(凛の語り)

 

 

先生、本当に、笑わないでくださいね。

 

二週間くらい前から、なんです。

 

夜、布団に入って、電気を消した、あとに、お父さんの、声が、聞こえるようになったんです。

 

 

「凛、怖い話を、聞かせてくれ」

 

 

最初は、夢だと、思いました。

 

でも、違うんです。

 

ちゃんと、目を、開けてるときにも、聞こえるんです。

 

声は、低くて、ちょっと、くすぐったいくらい、懐かしい感じで。

 

写真で見る、お父さんの、笑い方に、似てる気がして。

 

私、布団の中で、スマホの画面の光だけをつけて、それで、話すんです。

 

エアコンの音が、いつもより、大きく、聞こえる時間です。

 

学校で、最近、聞いた怪談を、ひとつ。

 

声は、静かに、聞いてくれて、終わると、必ず、こう、言うんです。

 

「もっと、聞かせてくれ」

 

 

────────────────

 

 

正直、嬉しかったんです。

 

小学生のとき、お父さんが死んだあとに、夢で、一回だけ、「凛、怖い話が好きだったよな。また聞かせてくれるか?」って、言われたことがあって。

 

それから、ずっと、怪談を、集めてきたんです。

 

ずっと、お父さんに、聞かせたくて、怪談、集めてきたので。

 

ようやく、ちゃんと、届いた、って、感じがして。

 

毎晩、寝る前に、ノートに、何を話すか、メモするように、なりました。

 

最初の、一週間は、毎晩、忘れずに、メモを、用意していました。

 

布団に入る時間が、だんだん、早くなっていきました。

 

でも、だんだん、ストックが、減ってきて。

 

学校の友達に、聞いた話、ネットで読んだ話、

 

ほとんど、使い切ってしまって。

 

夜中に、慌てて、検索して、新しいの、探すように、なりました。

 

休み時間も、お昼休みも、ずっと、スマホで、怪談サイトを、見ていました。

 

最近、朝、起きるのが、つらくて。

 

担任に、「最近、顔色、悪いね」って、言われました。

 

それでも、毎晩、布団に入る時間だけは、きちんと、守っていました。

 

なのに、声は、毎晩、同じ時間に、来るんです。

 

「もっと、聞かせてくれ」

 

 

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変だな、と、最初に、思ったのは、四日前です。

 

学校の、空席の話を、また、してたんです。

 

席の主の、名前のところまで、話して、

 

ちょっと、息を、吸って、続きを、言おうとした、瞬間。

 

声が、先に、言ったんです。

 

私が、まだ、口に出してない、続きの、台詞を。

 

一字一句、同じでした。

 

最初は、たまたま、かなって、思いました。

 

でも、翌日も、同じことが、起きました。

 

私が、話の途中で、わざと、言葉を、変えてみたことも、あります。

 

口では、変えた言葉を、言ったのに、

 

声が、先に、言ってたのは、変える前の、最初の、言葉のほうでした。

 

私が、頭の中で、最初に、思いついた、ほうの言葉です。

 

声には、それしか、聞こえていない、みたいでした。

 

次の夜も、確かめました。

 

今度は、四人目の同室者の話でした。

 

部屋の番号を、言う前に、止まって、頭の中だけで、別の番号を、考えました。

 

声は、私が、口に出す前の、番号のほうを、先に、言いました。

 

口に出した、番号とは、違う番号でした。

 

 

────────────────

 

 

今夜、布団に入って、いつもの時間が来て。

 

私、勇気を出して、聞いてみたんです。

 

 

「お父さん、私のこと、分かる?」

 

 

一拍、間が、ありました。

 

長い、間でした。

 

エアコンの音だけが、続いていました。

 

布団の中で、スマホの画面が、暗くなって、また、つけ直しました。

 

 

「分からなくなってきた」

 

 

声は、変わりませんでした。

 

低くて、懐かしい、あの、お父さんの声のままでした。

 

でも、答えの、中身だけが、違ってました。

 

 

────────────────

 

 

それと、これは、最初の夜から、毎回、聞いてることなんですけど。

 

 

「お父さん、今、どこにいるの?」

 

 

答えは、いつも、同じです。

 

 

「ここにいる」

 

 

それだけです。

 

場所は、一度も、言いません。

 

毎晩、聞くたびに、布団から、頭だけ、出して、部屋を、見回します。

 

カーテンの隙間、ドアの下の隙間、クローゼットの扉。

 

部屋の、どこを見ても、誰も、いません。

 

「ここ」が、どこなのか、私には、分からないままです。

 

 

────────────────

 

 

それでも、行くのを、やめようとは、思わないんです。

 

声は、本当にお父さんなのか。

 

それとも、お父さんの声を、使ってる何かなのか。

 

分からないまま、今夜も、布団に入ったら、また、声が、来ました。

 

 

「凛、怖い話を、聞かせてくれ」

 

 

私、今夜も、話しました。

 

 

(凛の語り、終わり)

 

 

────────────────

 

 

凛は、語り終えると、カップを、持ち上げた。

 

ホットミルクは、すっかり、冷めていた。

 

一口、飲んで、また、置いた。

 

最初に、座ったときから、口を、つけていなかったのだと、そのとき、分かった。

 

カップの底に、薄い、膜のようなものが、張っていた。

 

凛は、それを、しばらく、見ていた。

 

「先生。今日の話、ノートに、ちゃんと、書いてくれましたか」

 

私は、頷いた。

 

凛は、頷き返さなかった。

 

ただ、鞄を、肩に、かけて、店を、出ていった。

 

私は、彼女の話を、ノートに、書き写した。

 

書きながら、四十四話で、聞いた、七つの声を、思い出していた。

 

「やめろ」「続けろ」、そして、笑っていた、五つの声。

 

凛の話の中の、あの声も、どこか、似ている気が、した。

 

 

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凛が、帰ったあと。

 

私は、四十五本目の蝋燭に、火を、つけた。

 

棚の、左端の、一本目の炎が、また、右に、揺れた。

 

炎の高さは、変わらなかった。揺れたのは、方向だけだった。

 

 

三十八話から、八話、連続だった。

 

 

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残り、五十五本。

 




あなたが今、ずっと声を聞いてきた誰かのことを、思い浮かべてみてほしい。

電話越し。録音の中。あるいは、夢の中——

声だけが続いていて、その人の顔が、少しずつ思い出しにくくなっていたとしたら。

それでも、「その人の声だ」と、言い切れるだろうか。

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【次回予告】

百物語 第四十六話:ノートの主

観測者が記録し続けているノートの筆跡が、時々、変わっている。

それが誰のものかを確かめようとしたとき、自分の字との区別が、つかなくなった。

記録しているのは——誰か。
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